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更新日:5 日前


2026年7月11日 アンベードガルと「ブッダか、マルクスか」論争

2025年5巻5号、pp. 4595–4603 ISSN:2634-3576(印刷版) | ISSN 2634-3584(オンライン版)posthumanism.co.uk,DOI: https://doi.org/10.63332/joph.v5i5.1940

仏教「か」/「と」マルクス論争、

   ーーービムラオ・アンベードカルの視座を通じてーーー    

オン・ヴァン・ナム1の論文への逐次的コメントとして(赤字が竹内のコメントです)

 

要旨

 本論文は、ビムラオ・アンベードカル(1889ー1956)の比較的視点を通じて、ブッダとマルクスの思想を考察する。アンベードカルの著作『ブッダか、マルクスか』(1956年)は、両者の類似点と相違点について社会政治的な分析を行っている。   アンベードカルの分析は、両思想家を形成した歴史的状況、彼らの哲学的出発点、人間の解放へのアプローチ、そして公正と平等に基づく社会を構築するためのビジョンを網羅している。仏教に深く影響を受けた学者であり、インドの政治活動家でもあったアンベードカルは、マルクス主義と、「プロレタリア独裁」モデルを通じたその適用について、独自の評価を示している。仏教とマルクス主義の比較研究自体は目新しいものではないが、本考察は、教義が社会的圧力の下でどのように変容するか、また異なる文化的文脈に根ざした哲学的伝統が、社会正義、平等、人権に対する現代的なアプローチにどのような示唆を与えるかを明らかにする点で、現代の議論において特に重要な意義を持つ。


キーワード:ビムラオ・アンベードカル、仏教、マルクス主義、比較哲学、社会正義、政治哲学、宗教学、カースト制度、平等、寛容。

 


はじめに

 哲学的・宗教的伝統の比較研究は、異なる文化的・歴史的文脈における人間の思想の発展について貴重な洞察を与えてくれる。本論文は、インドの著名な社会改革者、政治活動家、そして学者であるビムラオ・アンベードカルが提示した分析的枠組みを通じて、仏教とマルクス主義の複雑な関係を探求する。 アンベードカルは、その画期的な著作『ブッダかマルクスか』(1956年)において、これら二つの影響力ある思想体系を体系的に比較し、その起源、方法論、そして人間の解放と社会変革に向けたビジョンを検証している。

 アンベードカルの分析が特に重要なのは、仏教哲学に深く影響を受けた学者であると同時に、インドにおけるカースト制度との闘いに身を投じた政治活動家という、彼の独自の立場から導き出されたものであるからだ。彼の比較的なアプローチは、2千年以上の時を隔て、極めて異なる文化的文脈に起源を持つ二つの伝統が、社会的不平等に対する批判においては一致しつつも、その解決策の提案においては相違していることを明らかにしている。

 本論文は、3つの主要な側面からアンベードカルの比較分析を検討する。第一に、仏教とマルクス主義の両方を形作った歴史的・社会的背景を探り、それぞれの時代における抑圧や不平等の状況に対して、両者がどのように対応したかを考察する。第二に、苦しみへの対処、平等の促進、階級対立の認識といった共通の取り組みを含め、アンベードカルがこれらの伝統の間で指摘する主要な類似点を検証する。第三に、アンベードカルが強調する根本的な相違点を分析する。


1 ホー・チ・ミン銀行大学(HUB)、Eメール: namov@hub.edu.vn


 とりわけ、社会変革の方法論、国家観、および精神的・物質的発展へのアプローチに関して。

 この比較研究の意義は、単なる歴史的関心にとどまらない。現代社会が不平等、社会正義、人権といった課題に引き続き取り組む中、東洋と西洋の哲学的伝統間の対話は、これらの課題に対処するための新たな視点を提供する。本論文は、アンベードカルが宗教哲学と政治哲学の交差点をどのように切り拓いたかを検証することで、現代の社会問題に対処する上での伝統的知恵の意義、および異文化間の哲学的交流が人間社会とその変革に対する理解をいかに豊かにし得るかについての継続的な議論に貢献する。

 本論文は、この分析を通じて、アンベードカルの比較枠組みが、仏教とマルクス主義の独自性を明らかにするだけでなく、文化的・時間的な境界を越えて哲学的伝統が建設的な対話を行うためのモデルを提供していることを示すことを目的としている。

研究方法

 本論文は、ビムラオ・アンベードカルによる仏教とマルクス主義の比較研究を検証するために、批判的分析的アプローチを採用している。その方法論は、歴史的文脈化、比較哲学的分析、社会政治的批判という、相互に関連した3つの要素から構成されている。

歴史的文脈化

 本研究はまず、仏陀とマルクスとの間に2,381年という大きな時間的隔たりがあることを認識した上で、仏教とマルクス主義をそれぞれの歴史的文脈に位置づけることから始める。この歴史的枠組みは、各哲学体系が特定の社会状況への反応としていかにして出現したか、またその教えが当時の文化的・経済的・政治的状況によっていかに形成されたかを理解するために不可欠である。両伝統の歴史的展開を検証することで、本論文はそれらの形成と進化に影響を与えた文脈的要因を明らかにする。

哲学的比較分析

 方法論上の核心となるアプローチは、アンベードカルによる解釈に基づく仏教とマルクス主義の哲学的基礎、主要概念、および中心的な教義を体系的に比較することである。この比較分析は、これらの伝統間の共通点と相違点を特定するものであり、特に以下の点に焦点を当てている:

1.                   認識論的枠組みと現実を理解するためのアプローチ

2.                   人間の苦しみと社会的不平等に対する分析

3.                   個人および集団の解放に向けた解決策の提案

4.                   倫理的原則と規範的コミットメント

 この比較分析は、主にアンベードカルの著作『ブッダかマルクスか』(1956年)に基づき、仏教や社会改革に関する彼のその他の著作によって補完されている。このアプローチにより、アンベードカルがこれらの異なる哲学的伝統をどのように解釈し、統合したのかについて、微妙なニュアンスを含んだ理解が可能となる。


社会政治的批判

 第三の方法論的要素は、現代の社会問題に取り組む上で、仏教とマルクス主義の両方が持つ実践的な意味合いに対する批判的評価である。この批判は、アンベードカルが、抑圧のシステム、とりわけインドのカースト制度に立ち向かう上で、仏教の原則とマルクス主義理論の有効性をどのように評価したかを検証する。また、ソ連型社会主義モデルに対するアンベードカルの批判や、仏教の倫理と民主主義的政治を統合するという彼のビジョンについても考察する。

 この批判的アプローチは、単なる記述にとどまらず、社会変革の枠組みとしての両伝統の長所と限界を評価するものである。また、正義、平等、人権の問題に取り組む上で、宗教哲学と政治哲学の関係に関するより広範な議論に、アンベードカルの比較分析がどのように寄与しているかについても考察する。

 これら3つの方法論的アプローチを組み合わせることで、本論文は、アンベードカルによる仏教とマルクス主義の比較研究を包括的に検証し、その分析を歴史的および現代的な文脈に位置づけつつ、彼の著作が持つ哲学的・政治的含意について批判的に考察する。

アンベードカルの視点から見た仏教とマルクス主義の類似点と相違点

歴史的文脈と比較の枠組み

 アンベードカルは、仏教とマルクス主義の間に存在する重要な時代的・文脈的な差異を認識することから、その比較分析を開始する。彼は、ブッダとマルクスの間には2,381年の隔たりがあり、ブッダは世界の大宗教の一つを確立したのに対し、マルクスは政治的・経済的イデオロギーを構築したと指摘する。こうした明らかな差異にもかかわらず、アンベードカルは、これらの伝統間の歴史的つながりを明らかにすることが、人間の思想の発展、イデオロギーの継承パターン、そして多様な文化的・宗教的価値観の統合を浮き彫りにすると論じている。

 比較の基盤を確立するため、アンベードカルは、マルクスの不朽の貢献と、批判の対象となってきた、あるいはその後の展開によって時代遅れとなった思想的側面とを区別する。彼はマルクスを科学的社会主義の創始者として位置づけ、それをユートピア的社会主義と区別した上で、仏教とマルクス主義がいずれも、階級分断や不平等を特徴とする社会状況への反応としていかにして出現したかを考察する。

主な類似点

 アンベードカルは、仏教とマルクス主義の間に、現代における社会正義や人間の解放に関する議論においても依然として関連性を持つ、3つの根本的な類似点を指摘している。

1.  被抑圧者への配慮と搾取への批判

 第一の共通点は、抑圧の体制の下で苦しむ人々に対する共通の関心にある。ダリット(不可触選民)仏教運動の支持者であり、社会的・ジェンダーの平等を提唱するアンベードカルは、ブッダとマルクスの双方が、周縁化された人々のニーズにどのように注目したかを強調している。 仏陀は、私有財産が一方の階級の権力を増大させつつ、他方の階級に苦しみをもたらすことを批判し、マルクスは私有財産関係から生じる労働の疎外を分析した。アンベードカルが指摘するように、「抑圧と搾取による貧しい人々の苦しみこそが、仏陀とマルクスを近づけるものである」(アンベードカル『選集』p. 581)。

 

(マルクスはたんなる格差批判ではない。もっと根本的だ。すなわち富とは何か?自然に対する人間労働の働きが富の源泉の一部をなすこと、世界は人間労働の帰結であることをブッダはつかんでいない。アンベードカルにも同じ弱点がある。)

2.  公正で民主的な社会のビジョン

 第二の類似点は、不正義や不平等に対する共通の批判、そしてより民主的で人間味あふれる社会を築くというビジョンにある。アンベードカルは、仏陀が後の民主主義思想の多くの要素を先取りしていたと論じ、「彼[仏陀]は生まれながらの民主主義者であり、死の瞬間まで民主主義者であった」(アンベードカル『選集』、587頁)と主張している。 同様に、マルクスも、特に初期の著作において、民主主義を優れた政治体制として提唱し、それを「あらゆる国家形態の謎を解き明かしたものであり……その真の基盤、すなわち人民によって定義された現実の道へとますます近づいている」と描写している(マルクス・エンゲルス、1995年、第1巻、p. 349)。 両思想家は、具体的なアプローチは異なっていたものの、人々を不平等から解放し、自らの生活を自ら支配できるようにすることを目指していた。

(『ヘーゲル国法論批判』1843の精髄は、政治的民主主義の限界を指摘し、直接民主主義が政治の領域では達成されえないこと、むしろSozietätのなかでの直接民主主義が、類の中の個体をもたらすことを論じている。ブッダは、古代の思想家であるがゆえに、マルクスの私人と個体の相克後の個体の再建という思想に届いていない。)


3.  階級対立の認識

 3つ目の類似点は、階級対立と、それが社会にもたらす問題に対する認識にある。ブッダもマルクスも、階級対立の現実を認めていたが、その役割や対処法に関する評価では大きく異なっていた。マルクスが階級闘争を社会進歩の原動力と見なしたのに対し、ブッダはそれを苦しみの源と位置づけ、意識の変革と慈悲の育成を通じて変容させる必要があると考えた。 ブッダは、社会階級を統合し、カーストや性差別を徐々に排除しようとする人間の努力を通じて、階級対立を克服できると信じていた。

(社会階級の統合という用語は不用意すぎる。階級は維持するか、それとも廃棄するかの二択である。ただし、意識や慈悲の問題を、唯物論の射程でどうつかむかは検討されねばならない)

主な相違点

 こうした類似点があるにもかかわらず、アンベードカルは、社会変革へのアプローチや理想社会像に関して、仏教とマルクス主義の間にいくつかの決定的な相違点を指摘している。

1.  変革の手段

最初の重要な相違点は、社会変革を達成すべき手段に関するものである。アンベードカルは、仏教とマルクス主義は類似した目標を共有しているかもしれないが、その達成に向けた方法は根本的に異なると指摘している。彼は次のように記している。 「共産主義者たちが採用する手段も、同様に明確で、簡潔かつ迅速である。それは(1)暴力と(2)プロレタリア独裁である……これで、ブッダとマルクスの間の類似点と相違点が明らかになった。両者に共通する目的は同じである」(アンベードカル、『選集』、585ページ)。

 注目すべきは、アンベードカルによるマルクス主義的手法への理解が、マルクスの原著というよりは、主にソ連の社会主義モデルに対する観察から導き出されたものであるという点だ。アンベードカルは、正義がそれを必要とする場合には、仏教が武力の行使を絶対的に否定しているわけではないことを認めつつも、教育や道徳的成長を通じて人間の意識を変容させることを仏陀が重視していたことを強調している。 彼は仏陀のアプローチについて次のように説明している。「仏陀の方法とは、人間の心を変え、その気質を改めることだった。そうすることで、人間が何をするにせよ、力や強制を用いることなく、自発的に行動するようになるのだ。人間の気質を変えるための仏陀の主な手段は、その『ダルマ』と、その『ダルマ』を絶えず説くことだった」(アンベードカル『選集』、596ページ)。

(ソ連の暴力革命必然論を、コンビネーションとアソシエーションの組み換えのなかに位置づけなおし、過渡的国家が必要になる所以を解明する。平和的移行の可能性(あるいは不可避性)を重視するとともに、平和的移行のうえでなお階級独裁が過渡的に残ることに留意する)

2.  物質的発展と精神的発展

 第二の違いは、物質的発展と精神的発展の関係に対する仏教とマルクス主義のアプローチを、アンベードカルがどのように評価しているかに現れている。アンベードカルは、社会的・ジェンダーの平等を推進したソビエト政権の成果を認めつつも、公的所有のみに基づく経済は、人間の繁栄には不十分であると論じている。彼は、物質的進歩には精神的解放が伴わなければならないと主張する:

 「人間は物質的にも精神的にも成長しなければならない。社会は新たな基盤を築くことを目指してきたが、それはフランス革命によって『友愛、自由、平等』という三つの言葉に要約された。フランス革命はこのスローガンのゆえに歓迎された。しかし、それは平等を実現できなかった。 我々は、平等を実現することを目指しているという点でロシア革命を歓迎する。しかし、平等を実現するにあたり、社会が友愛や自由を犠牲にする余裕はないということは、いくら強調してもしすぎることはない。友愛や自由がなければ、平等には何の価値もない。この三つが共存できるのは、仏の道を歩む場合のみであるように思われる。共産主義は、そのうちのひとつは与えても、すべてを与えることはできない」(アンベードカル、『選集』、597ページ)。

 

(マルクスはフランス革命の「自由・平等・博愛」を文字通り評価したことは一度もない。むしろ、それは商品経済のイデオロギーであって、私的所有の自由に他の二つを従属させるものである。ところが、ソ連はぎゃくに、国家所有により、フランス革命の水準の自由と博愛を受け継ぐことができなかった。しかもアンベドカルが評価するほどにはソ連は「平等」をも十分実現できなかった。これらの欠点によってソ連は崩壊してしまう。問題は「自由・平等・友愛」の完全に新しいバージョンをマルクス主義が達成できるかどうかにかかっている)

3.  国家と政治権力に関する観念

 3つ目の相違点は、国家と政治権力に関する見解にある。上座部仏教は国家の起源や本質について深く論じておらず、むしろカースト制度からの人々の解放に焦点を当てているのに対し、仏教哲学を政治生活に適用したアンベードカルは、国家が最終的に消滅するというマルクス主義の見解を支持しなかった。 アンベードカルによれば、この見解は矛盾しており、実践において達成するのは困難であることが証明された(アンベードカル『選集』595頁)。

 また、アンベードカルはマルクスの宗教観、特にキリスト教に対する態度を批判し、共産主義者たちがマルクスの見解を適用して、キリスト教や仏教を含む宗教間の相違を平準化しようとした手法に疑問を呈している(アンベードカル『選集』、595頁)。この評価は、現代の政治思想と向き合いながらも、仏教が持つ独自の倫理的・哲学的貢献を保全したいというアンベードカルの懸念を反映している。

 

「宗教は阿片である」というマルクスの言説の意味は、宗教が不要であるということを意味しない。なぜなら、宗教が必要なのは、社会が人間なき社会であるからであることを踏まえるからだ。「弾圧」ではなく、「宗教が不要になる基礎」を建築するかどうかが宗教政策の基本である。どこまでも思想・信仰の自由は徹底的に保障しなくてはならないが、同時に「人間味のない社会」こそが改造の対象となる。国家廃棄の現実的根拠を示すように懐疑的な問いを出すかぎりでアンベドカルの懸念はもっともなことであり、貴重な発言であったと言える。

アンベードカルの分析における仏教とマルクス主義の比較から提起される問題

アンベードカルの比較枠組みにおける文脈的限界

 アンベードカルによる仏教とマルクス主義の分析は、彼自身の背景や歴史的状況という文脈の中で理解されなければならない。 周縁化されたカースト出身者としてカースト制度に粘り強く闘ったアンベードカルは、仏教哲学や、特定の非マルクス主義的な西洋の哲学的・政治的視点というレンズを通してマルクス主義にアプローチした。彼のマルクス主義に対する実践的な理解は、主に1930年代から1950年代にかけてのソ連モデルに対する観察によって形作られており、彼はそれを「共産主義独裁」と特徴づけていた。 アンベードカルは1956年に死去したが、それは1991年のソ連体制の崩壊よりずっと前のことだった。ジャック・デリダは後に、この崩壊を「マルクスをマルクスに対して利用すること」の表れであり、「潜在的な力」を無効化したものだと記述している(デリダ、1994年、p. 77)。

 こうした文脈的要因は、アンベードカルの比較が多くの客観的かつ説得力のある洞察を含んでいる一方で、さらなる検討を要する評価も含まれている理由を説明する一助となる。特に注目すべき重要な課題がいくつかある。すなわち、社会変革を達成するための手段と道筋、「私有財産の廃止」という概念とマルクス主義の社会経済形成論との関係、そして国家と階級闘争に関するマルクス主義的見解である。

「私有財産の廃止」について、過度な一般化は慎まれる。マルクスの学説は「生産手段の私的所有」に向けられている。富の不均衡がうまれる根拠が「生産手段の不均衡」に由来するからだ。現代的な意味で考えると、所得のみならず、剰余労働の総体を、翌年度のための投資分を除いて、どのように再配分するかについては、あらかじめ科学によって決定できない可動性がある。しかも、「国家による再分配」をより根源的な「社会による再分配」へ移行させる展望もまた重要になってきている。

人間の解放に関するマルクスの立場の明確化

 マルクスの原著をより精緻に理解すると、彼が人間の解放を単に私有財産の廃止に限定していなかったことが明らかになる。むしろ、彼はこの廃止を「政治的形態」におけるその後の人間解放の過程のための単なる一つの条件に過ぎないと見なしていた(マルクス・エンゲルス、2000年、第42巻、143頁)。マルクスの究極のビジョンは、「各人の自由な発展が、すべての人々の自由な発展の条件となる」社会であった。このより広範な解放の概念は、経済的枠組みを超えて、政治的・社会的解放をも包含するものである。

 同様に、マルクスとエンゲルスは、国家を階級抑圧の手段として分析した結果、階級区分の廃止に続いて国家が最終的に消滅していくことを想定した。この視点は、アンベードカルが批判するような単純化された解釈とは異なり、マルクスの本来の思想と、特定の歴史的文脈におけるその実践とを区別することの重要性を浮き彫りにしている。

 

現代では、政治的国家ないし暴力装置としての国家が存立する根拠は商品経済にあること、とりわけ「労働力の商品化」が根拠であることが解明されており、協働がコンビネーションであることが国家を存立させる論理的根拠であると解明されている。アンベードカルの懸念は、ソ連の国家がいっこうに死滅しなかった現実に対する正当な疑問に由来する。この問題はより分節化され、近代世界システムの問題とコンビネーションの廃棄の問題の双方に目配りすべきことが明らかになってきた。これは今後の検討事項であろう。

 

文化・哲学的交流

 仏教とマルクス主義の比較は、東洋と西洋の哲学的伝統の間のより広範な歴史的関係の一例に過ぎない。 カール・ヤスパースが「軸の時代」という概念で指摘したように、中国、インド、メソポタミア、エジプト、ギリシャといった文明圏に、人類の文化と知識の中心地が出現し、その後の時代に影響を与えた「発展の座標」を形成した。こうした異文化間の哲学的交流は歴史を通じて続いており、学者たちは孔子とソクラテス、孟子とプラトン、仏教とショーペンハウアーなど、数多くの事例を比較検討してきた。

メシア的要素と変革的なビジョン

 デリダは、マルクスの教義を、仏教を含む宗教的伝統と特定の特徴を共有する「救済」の精神を備えた「新たなメシア的教義」と特徴づけた(デリダ、1994年、p. 132、189)。しかし、マルクスのアプローチは、この救済的ビジョンを物質的現実の土台の上に確立し、実践的な手段を通じて現実の人々を解放することを目指した点で独特であった。 デリダによれば、このアプローチによって、マルクス主義的思考は「これから到来するものの絶対的な未来への扉を開く」ことができるのである(デリダ、1994年、p. 189)。

 ブッダもマルクスも、それぞれの社会の不正義に挑み、人間の解放の可能性を提示した先駆者であった。テリー・イーグルトンが『なぜマルクスは正しかったのか』で論じているように、マルクスの独自の貢献は、資本主義を歴史的対象として特定し、その作用法則を分析し、それをいかに超越できるかを提案したことにある――これは、ニュートンが重力の法則を発見したり、フロイトが無意識を明らかにしたりしたのと同様である(イーグルトン、2011年)。

 

(テリー・イーグルトンのマルクス擁護は、一応正論だが切れ味を欠く。ニュートンとフロイトは、いずれもまだ近代合理主義の水準にある。ニュートンの場合は近代的個人の対客観世界の認識、あるいはフロイトの場合はビジネスと家族生活におけるブルジョア的抑圧にたいする原初的抵抗を含んでいるが、私人モデルの水準にとどまっており、解放された個体の文化まで提起していない。マルクスには双方を超える可能性がある。)

比較分析の価値

 文化的・時間的な境界を越えた哲学的伝統の比較研究は、いくつかの理由から依然として価値がある。第一に、それは人間の思想の歴史的発展と、イデオロギーの継承のパターンをたどる助けとなる。第二に、それは差異を認めつつ、対話、学習、そして多様な価値観の受容を促す寛容の文化を促進する。ユネスコの『寛容に関する原則宣言』(1995年)が確認しているように、このような異文化間の関わりは、国家や民族間の関係において平等と公正を促進するために不可欠である。

 アンベードカルの分析において、仏教とマルクス主義の間に緊張関係が見られるとしても、それは「差異の文化」と「寛容の文化」を反映したものとして理解するほうが適切だろう。 アンベードカル自身が認めているように、マルクス主義は、地位やカーストに関係なく、すべての人に正義、平等、民主主義をもたらすことで「世界を刷新する」ことを目指している。この認識により、デリダが「マルクスのマルクス主義」と呼ぶものと「歪められたマルクス主義」とを区別することが可能となるが、この区別は、ソ連モデルの崩壊後に特に重要性を増している。

 

(デリダが言う「歪められたマルクス主義」を伝統的マルクス主義と呼ぼう。伝統的マルクス主義は、ソ連が現実として消えたために、かえって擁護すべき対象を失って頭に遺されたままになっている。また、伝統的マルクス主義を批判した多くの「新マルクス主義(たとえばハーバーマスの社会理論など)」は、言語論的転回を取り入れたスマートなものであるが、21世紀の新事情(ウクライナ戦争やイスラエルのガザ攻撃)に追いついていない。これはたんにマルクス主義内部の「お家の問題」ではなく、現代思想の課題である。)

ポストコロニアル・インドへの示唆

 アンベードカルによるブッダとマルクスの比較は、英国の植民地支配からの独立後のインドの発展の道筋に対しても示唆を与えている。新たに独立を果たしたこの国は、植民地時代の遺産を克服することと、カースト制度に根強く残る不平等に対処することという、二重の課題に直面していた。 ナンダン(2016)が指摘するように、「合理主義的思考者であるアンベードカルは、公正で平等な社会を築くために、ヒンドゥー教の伝統的な社会制度を批判的に捉えていた。アンベードカルの哲学は、インド社会の様々な階層に社会正義をいかに実現するかという点を中心に展開しており、彼は被抑圧カーストの社会経済的・政治的参加を通じてそれを実現しようとした」(p. 20)。

 アンベードカルの比較的なアプローチは、差し迫った社会問題に取り組み、変革的な理想を実現しようとする政治活動家および思想家としての彼の献身を示している。マハトマ・ガンディーの政治思想における人道主義的価値観を認めつつも、アンベードカルは「アヒンサー(不殺生)」の原則には満足せず、「仏陀が説いたものは非常に広範なものであり、アヒンサーをはるかに超えている」と主張した(アンベードカル、『選集』、p. 577-578)。 さらに、彼は、カースト制度を平和的に批判する一方で、それを撤廃するための実質的な努力を怠ったとして、ガンジーを批判した。

 この批判的な姿勢は、単なる哲学的批判ではなく、実践的な社会変革へのアンベードカルのより広範な取り組みを反映している。この取り組みは、仏教とマルクス主義の比較分析の根底にあり、現代における社会正義や人権に関する議論においても今なお共鳴し続けている。

 

(カースト制は、身分制であり、人間的個体の自由の否定である。たしかに封建制の残滓ではあるが、市民的自由を定着させれば解決するという見通しは、おそらく甘いと思われる。現代の貧困と古い身分制は、独占資本の支配の中で、きわめて複雑な形で利用され、結合されるからだ。この点で、ガンジーのカースト制にたいする不徹底な批判は、カーストの分業論的把握と通じている節がある。現代マルクス主義のなかには、分業の廃棄を軽視する向きがあるが、インドの差別問題を考えるばあい、この問題を看過できないだろうと思われる。→志位和夫の最近の著作には「分業廃棄論」の軽視が出てきている。)

結論

 ビムラオ・アンベードカルによる仏教とマルクス主義の比較分析は、地理的・時間的な境界を越えた貴重な洞察を提供している。彼の影響力はインドの枠を超え、世界中の周縁化されたコミュニティが正義、平等、尊厳を求めて闘う上で、彼らにインスピレーションを与え続けている。アンベードカルの視点を通じてこれら二つの哲学的伝統を考察することで、異なる思想体系が、それぞれの独自のアプローチを維持しつつ、いかにして共通の人間の課題に取り組むことができるかについて、より深い理解を得ることができる。

アンベードカルが(1956年の死の直前に)仏教に転向し、マルクス主義と比較を行ったことは、時代や文化の隔たりは極めて大きかったものの、人間の苦しみを和らげ、より公平な社会を築くという志を共有していたこの二人の思想家の間のつながりを明らかにする役割を果たした。この比較の枠組みは、現在学者たちが「アンベードカリズム」と呼ぶものの発展に寄与してきた。これは、「人間の人格の神聖性」、「女性の解放」、そして「精神状態としての民主主義」という三つの核心的な原則を中心とする、独自の哲学的アプローチである。 ガガーリン(2017)が指摘するように、アンベードカルはカースト制度を人間の尊厳が破壊される根本的な原因と特定し、女性の解放をカーストの区別の廃止と結びつけ、民主主義は単に国家統治のレベルで機能するだけでなく、人々の意識に浸透しなければならないと論じた(pp. 72-75)。

 アンベードカルが人間の知識体系を調査する際に採用した方法論的アプローチは、多様な哲学的伝統を統合しようとした他の影響力ある人物たちの思考様式と類似している。例えば、ホー・チ・ミンは、ブッダ、孔子、イエス、マルクス、レーニン、孫文に共通する特徴があるかどうかを問い、彼らは皆、高潔な理想に生涯を捧げつつ、人類の幸福と繁栄を追求していたと結論づけた。


 異なる哲学的・宗教的伝統に共通する人間主義的価値観をこのように認識することは、今日においてもなお意義を持つ、知的開放性と異文化間対話への取り組みを反映している。

アンベードカルの比較分析は、現代の社会的課題に取り組む上で、仏教の倫理とマルクス主義的批判の双方が依然として重要であることを浮き彫りにしている。これらの伝統は方法論や具体的な処方箋において異なるものの、いずれも抑圧のシステムを批判し、より公正な代替案を構想するための資源を提供している。アンベードカルのような思想家によって促進されたこれらの伝統間の対話は、文化的境界を越えた哲学的関与が、人間社会とその変革の可能性に対する私たちの理解をいかに豊かにし得るかを示している。

 社会的不平等が新たな形態の搾取と並存し続ける、ますます相互につながり合う世界において、アンベードカルによる仏教の慈悲と民主主義政治の統合、そしてマルクス主義的分析への批判的関与は、伝統的な知恵を現代の社会理論と対話させるためのモデルを提供している。彼の業績は、正義、平等、そして人間の尊厳の追求には、倫理的ビジョンと、人間の存在の物質的条件への実践的な関与の両方が必要であることを私たちに思い出させる。

 多様な哲学的伝統の交差点を探求し続けることで、私たちはアンベードカルの遺産を称えつつ、現代の複雑な課題に取り組むための新たな資源を築き上げることができる。したがって、アンベードカルの視点を通じた仏教とマルクス主義の比較研究は、単なる歴史的分析にとどまらず、より公正で人間味あふれる社会を築こうとする継続的な取り組みへの生きた貢献となるのである。

参考文献

アンベードカル, B. R. (発行年不明). 『B. R. アンベードカル博士選集』. http://drambedkarbooks.wordpress.com より取得

デリダ, J. (1994). 『マルクスの亡霊』(訳)。ハノイ:国防省国家政治・一般局II。

ドン, P. V. (1991). 『ホー・チ・ミン――過去、現在、そして未来』. ハノイ:トゥルース.

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ガガーリン, S. (2017). 『アンベードカル博士とその哲学の永続的な意義/私にとってのババサヘブ・アンベードカル』. ハイデラバード:ザ・シェアード・ミラー.

ヤスパーズ, K. (2004). 『哲学入門』(L. T. ギエム訳)。フエ・ハノイ:トゥアン・ホア出版社、東西文化・言語センター。

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ミン、H. C. (2000). 『全集』第8巻。ハノイ:ナショナル・ポリティクス。

ナンダン、D.(2016)。B. R. アンベードカルの平等主義社会とヒンドゥー社会制度に関する思想:21世紀における社会正義の循環。 D. R. Sirswal(編)『B. R. アンベードカル博士:近代インドの創始者』(pp. 15-24)所収。ペホワ(クルクシェトラ):ポジティブ哲学・学際研究センター(CPPIS)、マイルストーン教育協会(登録済み)。

ユネスコ(1995年11月16日)。『寛容に関する原則宣言』。http://portal.unesco.org/en/ev.php- から取得

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Xuyen, H. T. (1999). 『世界の10大宗教』(訳)。ハノイ:ナショナル・ポリティクス。

 

 

総括的コメント

 アンベードカルについて教えてくださったのはインド哲学専門の赤松明彦さんだ。感謝申し上げる。

 従来までの宗教とマルクス主義の比較検討は、1970年代のユーロコミュニズムの時期の取り組みや狭い衒学的な知識人向けのものなどに制限されていた。アンベードカルの問題提起は、不可触選民出身の彼が、インドの数千年に及ぶカースト制度に対して戦いを挑み、また独立時にインド憲法の起草者の一人となり、法務大臣として活躍した実践を背景にしていると同時に、彼のきわめて高い思想分析の力量をふまえたものだ。

 アンベードカルは彼の死の年に仏教徒になった。アンベードカルは、仏教徒になる前から筋金入りの平等主義者であったので、同じく搾取なき社会を構想するマルクスに関心を持った。そして彼は、搾取のない社会は、国家権力や暴力によって維持されるのか、それとも、人びとの内面的な倫理(ダンマDhamma)が必要となるかを問う。彼自身は法学者であり、法治国家の必要を認める立場であるが、にもかかわらず、仏教徒としては法治国家の暴力性を減らす可能性を考慮しており、ソ連の動向に関心をもっていた。だが、残念ながらソ連は国家死滅へ向かっているとは見えなかったのである。この点で、(マルクスとソ連を同一とみなす限りで)国家(その暴力性を含めて)の死滅後、国家がなくても生きていけるための人間の資質について、マルクス(主義)は十分まとまった思想をもっていないのではないかという疑問をいだいたのである。

 さて、アンベードカルのような仏僧が日本に存在するだろうか。延暦寺、高野山、清水寺、東西本願寺、永平寺いろいろあるが、搾取なき社会を本気で求め、その倫理的基礎を検討している僧侶がいるなら、わたくしは知りたいと思う。一般論で言えば日本の仏教は、最澄、空海以来一貫して鎮護国家の枠内のものであったし、鎌倉仏教でさえ、この枠組みを一度も出たことがない。それゆえに、仏教とマルクス(主義)の対話について、本当に実践的な背景と課題に迫るほどのものは、きわめて少ないように思われる。つまり、搾取なき社会と国家の死滅まで考えに入れた僧侶が出てきにくい風土なのだ。

 こうした低調を一気に凌駕するものとして、アンベードカルの議論を考えてゆく必要があるだろう。彼には1950年代までの素材に立脚しているため、現代史に入って来るという利点があるが、しかしソ連崩壊後の今となっては古くなってもいる。政治に従属しないが、人類にたいして誠実であるような、仏教とマルクスのあいだの真剣な研究がアンベードカルを起点にして始まれば素晴らしいと思う。


2026年7月5日 「公正な世界秩序のための10原則」

 井上ひさしさんの『社会とことば』(岩波書店、2020年)を読んでいたら、1999年のハーグ国際平和会議で採択された「公正な世界秩序のための10原則」が紹介されていた。知らなかった。さすが井上ひさしさんは感度が高い。その第一条は「各国議会は、日本国憲法第9条にならい、自国政府に戦争を禁止する決議をすべきである」と規定された。

 原文を全部ここに引用しておく。

Ten Fundamental Principles for a Just World Order

1. Every Parliament should adopt a resolution prohibiting their government from going to war, like the Japanese article number nine.

2. All States should—unconditionally—accept compulsory jurisdiction of the International Court of Justice.

3. Every Government should ratify the International Criminal Court and implement the Landmines Treaty.

4. All states should integrate the New Diplomacy, which is the partnership of governments, international organizations and civil society.

5. The world cannot be bystanders to humanitarian crises; every creative diplomatic means possible must be exhausted before resorting to force, then under United Nations authority.

6. Negotiations for a Convention Eliminating Nuclear Weapons should begin immediately.

7. The trade in small arms should be severely restricted.

8. Economic rights must be taken as seriously as civil rights.

9. Peace education should be compulsory in every school in the world.

10. The plan for the Global Action to Prevent War should become the basis for a peaceful world order.

 井上さんは、「やがてこの原則も国際法に昇格するときがくるにちがいない」と書いている。

 

2026年7月3日 西洋帝国主義と日本帝国主義の衝突の帰結としての戦後民主主義について


 以下は、思想史と社会史を媒介させて自分の位置を知るために作った図式である。J・ロックの思想についておおいに研究が進展し、かつての自由主義的民主主義のお手本という解釈はかなり修正され、帝国の思想家でもある、というふうに複合化された。つまり自由・民主主義/帝国主義のセットである。このセットは、アメリカ独立宣言にうけつがれ、1776年の時点では東部、中部、西部に広範に先住した「アメリカインディアン」を敵であると規定するのに使われた。すなわち、アメリカ独立宣言は、対イギリス政府というコンテクストにおいては、市民社会の正当な理由にもとづく抵抗であり、市民政府を樹立する行為であるが、他方では、この市民社会は労働による自然の開発を是とするがゆえに、無主の大地を個人的私的所有に転化する旧共同体排撃の正当化でもあった。ゆえにアメリカという国は、自由・民主主義/帝国主義をその出発点に据えていた。ロック『統治二論』(1689)は米独立宣言(1776)に受け継がれ、まさしくこの建国理念を背負って1853年に黒船が浦賀沖にやってきた。この時点で帝国主義一般は自由貿易帝国主義と狭く規定される。

 黒船に驚いた日本はただちに開国したのちに14年後明治維新を達成した。しかし、武士団は大政を市民ではなく天皇に返還したため、1890の明治憲法は近代天皇制的資本主義という、奇妙な類型の社会の構築宣言となった。つまり没自由・民主主義/帝国主義のセットである。西洋と日本の間のこうした起点の違いは、自由民権運動や大正デモクラシーによっても是正されず、むしろ、ファシズム期には日本は「ウルトラ・ナショナリズム」という怪物になった。

 第二次大戦は、最終段階で、西洋帝国主義と日本帝国主義の衝突となった。日本は大敗した。歴史に「もしも」はないのだが、もしも日本が太平洋戦争で勝っていたら、植民地を含む最大版図下の社会に天皇制的資本主義が輸出されるから、没自由・民主主義/帝国主義となったにちがいない。ソウルの南山には、かつて朝鮮神宮が存在した。これは朝鮮の人びとをして国家神道を信仰させるイデオロギー装置であったが、各家庭にも神棚をおくことが求められたという。信仰対象はアマテラスとヒロヒトであった。八紘一宇とは一種の壮大なディストピアである。

 だが、西洋帝国主義が日本帝国主義を打ち負かした。西洋は激しい恨みを日本に対して持っていたことは疑う余地がない。二度と西洋帝国主義に刃向かわぬように、日本の没自由・民主主義/帝国主義というセットを自由・民主主義/非帝国主義というセットへ置き換えた。これが戦後直後の占領軍がおこなった「ふたつのD(democratization,disarmament)」である。

 disarmamentは軍縮を徹底させ、武装解除まで至り、憲法第9条となった。むろん、これは通常の国家主権の重要な一部である軍事力をはく奪する行為であり、占領期を終えて占領軍が撤退した1952年4月28日、日本は主権を回復したわけだが、武装解除のままでの国家主権の回復にとどまる。

 明治憲法体制は廃棄された。そして日本国憲法体制ができた。日本の体制は自由・民主主義/非帝国主義である。当然のことだが戦勝国の中心は、米英仏(ソ連はこの稿では捨象する)であり、すべて市民革命を経て帝国主義化した諸国であるから、日本の非帝国主義(すなわち憲法第9条)は世界ぜんたいの帝国主義という環境なかに埋め込まれた片肺変種であった。

 世界を主導する米英仏は、第二次大戦の勝者であり、かの戦争が悪であったという観念をもたない。むしろ正義だから勝利したのだと観念する。これにたいして、日本は敗者であるから、明治憲法体制は悪であり、日本国憲法体制が(相対的にみて)善であると観念する。

 さて、問題はここから始まる。1947年のいわゆる「逆コース」により、アメリカ占領政策は、「ふたつのD」を廃棄した。「民主化と非武装化」を「権威主義化と軍事化」へ大きく転換させた。自民党の保守合同(1955年)はこれを受けいれたものである。自民党の自主憲法制定なる党是は、アメリカ占領政策の「逆コース」的転換を完全に反映するものであった。だから、自民党はもともとからして、アメリカの第二の「押しつけ」に賛同したのだ。憲法がもし第一の「押しつけ」であるとしても、逆コースの押しつけが押しつけでなくなるわけではない。第二の押しつけを受容する親米憲法改正論なのである。自主憲法制定とは、その本質において、自律でなく他律なのである。 

 ゆえに、戦後民主主義を考えるばあい、①1945~1947と②1947~2026を分けて考えねばならない。②は憲法を公布、実施するやいなや危機にたたされ、守りを強いられる憲法ということになる。

 ②のもとにある日本を取りまいている世界情勢は、米英仏の西洋帝国主義のままである。イラク戦争後にトランプが言ったように、日本はアメリカの占領が功を奏した成功例であると世界は見ている。

 ①の憲法を純粋戦後と呼び、②を疑似戦後(あるいは危機にたたされる憲法体制)というふうに区別しよう。現在のアメリカは①を否定し、②を進める。だから親米の自民党も同じように①を否定し②を進めたがる。

 さて、①の純粋戦後は、没自由・民主主義/帝国主義を自由・民主主義/非帝国主義に置きかえたホヤホヤだった。②の疑似戦後は自由・民主主義/帝国主義へひっぱる体制である。①の非帝国主義の規定が憲法9条であり、②の帝国主義は憲法9条を変えようとする。トランプは、イラン戦争に日本が親米というなら加われと言ってきたが、高市は憲法上の制約があるので加われないと応えたという。だが、加われないというのは「加わりたいが加われない」という意味だから。早く改憲し、加わりますという意味なのである。

 西洋は17世紀以来一貫して自由・民主主義/帝国主義であり、ぐるりと世界を支配してきた。西洋帝国主義は日本が西洋に歯向かわぬならば、日本の②疑似戦後を改憲までもっていってよいと思う。すなわち、「自由・民主主義/非帝国主義」から「自由・民主主義/帝国主義」へ矯正的に転換させたい。高市もホンネではそうしたがっている。

 こうなってきたという診断がもし正しいならば、日本の平和勢力に固有の選択は二つに絞り込まれる。

 ひとつは、②およびその延長での憲法9条改正、を阻止する闘いである。世界がぐるりと自由・民主主義/帝国主義になっておる、そのなかで、あえて日本は帝国主義になりたくないとする。だから日本が帝国主義化することを阻止するために憲法第9条を死守するという選択である。これは①を回復させるということだ。②疑似戦後を否定し、①純粋戦後を回復することである。

 だが、①純粋戦後を回復するとは、いったいどういうことであろうか。もし日本が①を死守したとしても、西洋社会がJ・ロック以来の自由・民主主義/帝国主義のままあることを変えるものではない。あくまでも、ベースはロックが与えたままである。例外として「自由・民主主義/非帝国主義」でいつづける、ということにほかならない。わかりやすく言えば、他の国がことごとく戦争をやったとしても、「ぼくは行かない」と言うのだ。これこそが一国平和主義という孤立的平和路線である。人殺しは嫌だ。だから、殺したい奴はさっさと行け、ぼくは行かぬ。

 しかし、段々一国平和主義が通らぬようになってきた。抵抗する人々が団結する(例えば2001年以降のダーバン宣言でアフリカ諸国が言明した謝罪要求をみよ)なら、支配者も団結しなくてはならない。かつて侵略者側だったものの団結だ。脛に傷をもつのは西洋だけでなく、日本も同じだ。だが、西洋と同じことをかつてやったが、そうであるが故に「非帝国主義」を強制された日本は、西洋が現在も帝国主義のままであるのとは違う。つまり憲法9条という「憲法上の制約」を持つ。「制約」があるのでお金は出すが、兵隊はだせない、ということで堪えてもらおうという。

 するとトランプがこんどは「もうお金は要らぬ、兵隊を出せ」と言い出す。これまでさんざん解釈改憲でやってきたが、もう解釈改憲でもやれないところへ来たことが明らかになった。ここまできたらもう明文改憲しかない。

 政権は追い込まれた。高市は傀儡政権だから、アメリカと国民の間に立って苦慮している。だが、国民は「自由・民主主義/非帝国主義」をまだまだ変えたいとは決断していないかのようだ。だから①純粋戦後の回復はなかなかしぶとく生きている。これが一つの選択肢、すなわち消極的平和主義である。

 もうひとつの選択肢は、真の積極的平和主義である。これは安倍晋三の言うそれとはまったく違う。真の積極的平和主義とは、西洋帝国主義のJ・ロックの思想原理そのものを再検討する立場である。なぜロックを検討するかというと、もし9条を死守したとしても、なお世界は自由・民主主義/帝国主義を基調としているからだ。この基調はロックがつくって以来のものだ。17世紀以来の近代世界システムは自由・民主主義/帝国主義のセットであり、これが日本帝国主義を打倒した当のものである。だから、西洋が日本に9条を与えたということは、自由・民主主義/帝国主義から武装を差し引いた亜種を例外的に作ったということである。これは例外なので、弾薬庫の中にあるシェルター部屋野ようなものである。頭の上をミサイルが飛び交い、弾薬庫が火だらけで人の血が飛び散っているなかで、シェルター部屋でご飯を囲って日本人は果たして生き生き暮らせるものだろうか。

 日本国憲法前文には「人類普遍の原理」という言葉がある。人類普遍の原理とは、主権在民の代表制民主主義原理ことである。「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意」するならば、民主主義/平和主義が両立しなくてはならないと書いてある。しかし、「人類普遍の原理」というのは、誠に美しいフレーズであるが、虚言である。ここを日本の法学者は分析してこなかった。いや、分析できなかったというべきだろう。全文を丁寧に読むと、自由・民主主義のことである。選挙を通じて政府を作るというのが「人類普遍の原理」である。西洋帝国主義はロックで建国してきたから、それを彼らは「人類普遍の原理」と名付けたのだ。では、「人類普遍の原理」に恒久平和原理を組み合わすことは果たして可能なのか?これを誰もまともに分析してこなかった。

 実はこれは途方もなく自己矛盾的であることを西洋は熟知している。西洋帝国主義は、日本帝国主義と衝突して、自由・民主主義/非帝国主義の枠組みを日本にのみ課した。いわゆる9条の制約である。この組み合わせが「人類普遍の原理」であるとは一言も書いていない。日本を武装解除することで平和が来るというなら、西洋帝国主義を止めるために同じように武装解除すべきである。だが、それはしたくない。日本という他者に適用する平和原理を自分にも適用してしまえば、西洋帝国主義は丸腰になってしまう。だから、日本を丸腰にするのには賛成するが、それを西洋にも適用することには反対する。戦後秩序はこうした非対称性に固執するものである。戦後国際秩序下で西洋武装国家は日本のみを非武装化して平和だとしている。絶対に歯向かえなくしておかねば、西洋は安心できなかったのである。

 そこまで詰めて考えるなら、日本の積極的平和主義は、西洋の平和論の虚構性を抜け出さないといけなくなる。これまで前提でありベースになっていたロックの議論そのものを再検討せざる得なくなる。というのも、ロックの議論は国内と対外を自由・民主主義/帝国主義で分割していたからである。まさしくロックは、国内社会においては議会制民主主義を主張したが、国際社会では帝国主義を推奨した。なぜ、国内の議会制民主主義をつくると外に向かって帝国主義になるのか。それには確固たる理由がある。

 国内の議会制民主主義はロックにおいては、労働と所有を守るための制度である。正直にロックはこう述べている。「政治社会の主要な目的は私的所有propertyを保全することにある」(後編第7章85)。もし、そうであるならば、私的所有を守ることを目的にした自由・民主主義は論理必然的に主権在民の代表制民主主義とならざるをず、したがってまた私的所有の自己増殖を擁護する。国内で私的所有を守るならば、蓄積に従って、国外の無主の地あるいは海外市場を開拓しなくてはならないはずである。

 だから日本国憲法前文は、一方では主権在民の代議制民主主義を「人類普遍の原理」と言い、しかも「二度と政府の行為によって戦争の惨禍が起こることのないように決意する」と述べている。だが、よく考えると、平和原理は足を縛られている。何によって足を縛られているか?ほかならぬ「人類普遍の原理」が足枷になっているのだ。これを今やはっきりと言うべきである。「人類普遍の原理」はロックから来たものだ。市民が自己の私的所有を守るような市民政府を樹立する、というのが「人類普遍の原理」である。ところが、この市民政府論が平和を壊しているのである。「人類普遍の原理」と「平和原理」は根本的に矛盾しており、前文はこの矛盾をそのままにしておいてさあ走れと言うに等しい論理矛盾を日本に課している。このことに、西洋帝国主義は最初から気づいていた。

 日本側に物事を問い返すに足る大人の成熟度が欠けていた。右翼にも左翼にも、また憲法学者にも、巷の市民にも欠けていたのだ。

 もし成熟した大人が日本にいたなら、きっとこう問い返すだろう。西洋よ、占領軍よ、GSとG2よ、その通りだ。戦争に負けた日本が憲法9条を今や慎んで受け入れねばならない。そして、「人類普遍の原理」にも従おう。もし、そのことが国際平和の条件であるなら、それに従うのはやぶさかでない。だが、一つだけ聞かせてほしい。「人類普遍の原理」と「平和原理」を組み合わすのがベスト・ブレンドなら、なぜそれを日本だけにやらせるのか。君たち西洋も「人類普遍の原理」と「平和原理」をブレンドすれば良いではないのか。良いもの、最良のものを、皆が皆取り入れることこそ肝心ではないのか。原理というのは、普遍的だからこそ原理なのだ。原理✖️原理もまた原理である。普遍✖️普遍は最強の普遍である。

 憲法の前文を前にして、前文が恒久平和を願うということがあきらかだから削除したがるものがいる。例えば自民党の憲法改正案には現行の前文に当たるものがない。きっと平和原理が気に入らなかったせいだ。反対に、この前文は素晴らしいと賛成する者もいる。前文に依拠し、それを褒め、「私たちの理想と完全に合致する」などと言っている人々もいる。私は、どちらにも賛成できない。どちらにも必要な精読と分析の努力がない。

 前文そのものが自己否定的パラドクスをはらむものであること、不可能を可能であるかのように言いくるめる嘘であること、この前文の中に地雷が埋め込まれていることを批判的に分析し、その論理的自己矛盾を暴いた学者、政治家、活動家はまだいないのだ。右翼も左翼も、幻想の中で、ただよいとかわるいとか騒いでいるばかりであった。日本には本当の大人はたったの一人も存在しない。これは驚くべきことである。

 なぜ論理的に不可能な矛盾であるか。それはこうだ。日本の国内民主主義は自由・民主主義である。これは当然、主権在民の代議制民主主義である。これが「人類普遍の原理」である。だから、明治憲法を崩壊させるに十分であるが、ロックが看破したように「政治社会の主要な目的は私的所有を保全することにある」(後編第7章85)。それゆえに、私的所有を保全すれば、それは外の無主の地や未開拓の海外市場をとるもの、すなわち帝国主義になるほかはない。私的所有はかならず帝国主義に向かって発展するものだ。だから、日本国憲法において西洋に歯向かわぬように日本を非武装化しても、私的所有を保全するかぎり、必ず日本の帝国主義は何度でも育ってくる。まして、現代においては「利潤率と軍事化」の間には密接な関係がある(前稿「利潤率と軍事化」)ことは見たとおりである。

 だから憲法の前文はなかなか立派な前文であることは間違いないが、「二度と政府の行為によって戦争の惨禍が起こることのないように決意する」には不十分な設計なのである。この意味で「人類普遍の原理」が代表制民主主義をさすと解したばあい、その民主主義の目的は、主として私的所有の保全であるほかはない。しかるに私的所有は放っておけば必ず帝国主義を生み出す。つまりは第9条の否定の衝動を生み出す。

 つまり、西洋帝国主義が日本に押しつけた憲法の国民主権原理は、私的所有を保全するという大目的のもとにあるのだから、かならず帝国主義を生み、そして外の人殺しへとすすんでいこうとする暴れ馬なのだ。であるから前文が「二度と戦争の惨禍を起こさせない」と言ったからと言ってまったく安心できない。自動的に平和はもたらされないどころか、ほとんど自動的に平和に反する帝国主義をもたらしてしまう。

 それをJ・ロックは当然の事として正当化していたのである。英米仏はいずれも、自由・民主主義/帝国主義に居直り、いまなおそれに固執しているのは承知のとおりである。両項の根源にはかすがいのような太い私的所有の保全という根源がまたがっている。西洋は「人類普遍の原理」が帝国主義と不可分であることを熟知しているから、日本のような「平和原理」との組み合わせを自分に適用しようとはしないのである。

 だからこそロックは自由・民主主義/帝国主義を推奨したのである。コインの両面が両面ともに私的所有でできており、その表は自由・民主主義であり、裏は帝国主義である。

 では日本の恒久平和主義をどうすれば良いのか。当然、実現不可能なものを課題化したのであるから、いずれは、実現不能を悟るだろう。幻想を捨ててしまえば、あとは明晰な二者択一へ向かわざるをえない。

 つまり、私的所有を主たる目的に掲げる以上、主権在民の原理は必ず戦争をひきおこすところの帝国主義をうみだす。前文で「人類普遍の原理」と言われたものは、必ず「二度と政府の行為によって」起こされてはならないはずの戦争の惨禍を論理必然的に生み出さずにはおかないのだ。

 究極の二者択一は、①純粋戦後の死守ではない。それはここでは消えてしまう。真実の選択は私的所有か、それとも平和かである。憲法前文は、このことを理解できていない。究極の二者択一にまったく触れることなく、議会制民主主義(人類普遍の原理)と非帝国主義が両立できるかのように言い、非帝国主義でありつづけろと命じ、そして憲法第9条を書き込んだ。

 だが、この点ではJ・ロックのほうがずっと正直であり、明晰でもある。ロックは私的所有を保全目的にする自由・民主主義と帝国主義は最初から不可分であると断定していたのだ。

 覚醒した平和主義者は、もう前文に依拠しない。「私の理想と同じだ」とも言わない。前文の「平和原理」を削除することには断固反対する。恒久平和を実現するためには、自由・民主主義/帝国主義という表裏一体のものを西洋に向かってトータルに捨てよと言うほかはない。

 それは、ロックの哲学を根本的に捨てるということを意味する。現行日本国憲法は、世界という大地が自由・民主主義/帝国主義であることを前提にして、中空に浮かぶように日本を特殊化し、自由・民主主義/非帝国主義を据えた格好だ。これでは、恒久平和を守ることはできない。むしろ、前文に書くべきなのは、ロック以来の「議会制民主主義」を「人類普遍の原理」とみなしたのは、西洋の「特殊な普遍主義」、すなわち「ブルジョア的一般主義」にすぎなかった。だから、西洋民主主義を「平和原理」にもとづいて日本は捨てる。丁寧に言えば、私的所有の政治的表現でしかない「議会制民主主義」を捨て、職場自治主義という、本当の相互主体性を世界に向けて「新しい普遍主義の原理」であると提唱する。このことを前文に書き込み、これこそが恒久平和の民主主義的条件であると起草する。

 

 戦後民主主義は、「天空の城」であった。根が大地と離れてしまっても、根に岩盤を抱え込ませて、いつまでも空を飛ぶように細工しておけば、大地に毒されずに済むだろうと言うように生きてきた。

 しかし、根が岩盤を抱えられなくなれば、「天空の城」の緑の庭園(一国平和主義と言われてきたもの)」は枯れてしまう。今の日本のおかれた状況はまさにこれであろう。

 緑の庭園を生かすためには「天空の城」を大地に軟着陸させるしかない。だが、大地に根を張れば、大地はロックがつくった自由・民主主義/帝国主義という汚染土壌に他ならない。であるから、「天空の城」は緑の庭園とともに根もまた腐らせるだろう。恒久平和をもしも実現させたいのであれば、汚染された大地を、社会・民主主義/非帝国主義へごっそり入れ替えるしかない。

 これをただ小国日本だけがなしうる使命というふうに考える必要は全くない。憲法9条は世界の宝であると言っているのは決して日本と日本人だけではない。ロック的な汚染大地に住んでいる何千万、何億、何十億という人々が、もうこれ以上汚染された大地には住みたくないと思い始めている。

 要は戦後民主主義は、それじたいが自己矛盾をはらんだ一個の課題であるということ、それに気づけば、もはや幻想に依拠したり、幻想の中で闘う必要は消え、恒久平和をつくるための一モメント、小刀程度には使える武器であるとわたくしはおもうわけである。

 懸命な読者はすでにお気づきであろうが、結局戦後世界秩序は、勝者たる西洋帝国主義の意のままではないのか、なぜ等しく帝国主義であった日本だけが継子扱いされ、敵国条項にビクついていなくてはならないのか、という不条理をここでの議論は完全に止揚している。しかも、西洋にも日本にも懐古的に固執するわけではない。

 今日の世界のリーダーになりたい人がいるなら、どこの国の人でも結構である。新しいリーダーは、新しい普遍性を説得的に世界に提示しなくてはならない。これまで通用するかのように見えた「人類普遍の原理」は所詮西洋ブルジョア社会の「特殊な普遍」でしかなかった。1689年の、イギリスに発祥した歴史的な限界を画されたブルジョア的普遍性をこれ以上ありがたがる必要はもうないのだ。


2026年5月30日 「世界資本主義の利潤率低下と軍事化

                    ━ ひとつの試論 ━ 」

                                 


 はじめに

私はかねてから、21世紀の戦争は利潤率の傾向的低下と何らかの相関(あるいはより強く、因果連関)を持つのではないかと思ってきた。しかし、それをどう道筋をつけて言語化できるか、よくわからないままウクライナ戦争やガザ攻撃の悲報を見て、数年経た。この問題意識は、身の回りに同じようなことをいう人もいないために、忘れがちになった。しかしながら、今の発達したネット社会でなら、工夫次第で欲しいものを取り出し、道筋をつけることができるのではないかとも思う。本稿の課題は一言で言えば、世界資本主義の利潤率の低下傾向の中にわたくしたち人類がすっぽりくるまれていること、またそれゆえに、戦争に反対したり、平和を希求したりするという日常の市民の行為が、利潤率との関りにおいて、いかなる歴史的可能性をはらんでいるかを知ることにある。


1.いわゆる利潤率の傾向的低下と軍事化の関係について

ともかく、上に述べた問題意識でAIにグラフを作成させてみたら以下の図1が得られた(1)。 

 図1が示しているのは、二つの線の相関である。一方で平均利潤率は傾向的に低下しており、他方軍事費は増大している。相関はあくまで相関であり、因果関係ではない。ところが、すでにP・スウィージー、P・バラン、少し後にはE・マンデルが利潤率の低下が軍事化の原因になることをかなり説得的に論じた。このことを参照するならば、相関関係を因果関係として読む仮説を強化できるのではないかと思われる。一応形式的には第一に、軍事費が増大したから利潤率が低下したと読む。第二に、利潤率が低下したから軍事費が増大したと読む、という二つの可能性がある。しかし、いまその他の第3の要因(たとえば国際関係や政治家の好戦度など)を捨象し、利潤率と軍事化の因果関係に焦点をあてるならば、第一の解釈には、既定の資本主義論から見て無理がある。なぜなら軍事費を増大させることがもし利潤率を下げるのであれば、資本主義国家はそうした策をとろうとしないはずである。それにもかかわらず万が一にもそういう選択をとることがあるとすれば、それは常軌を逸したばあいであって、たとえば交戦中ならば、やらざるをえないこともあろう。だが平時に、長期にわたって国家が自覚的に利潤率を下げる政策をとるようなことがもしあれば、およそ国家として失格である。財界もそれを許すまい。ゆえに、第二の解釈こそが真実という仮説を立てることができる。すなわち、利潤率が下がるという事態ーそれはいわゆる利潤率の傾向的低下の法則と言われてきた事態であるーをいくぶんかでも食い止めるために軍事費を増大させる、という因果関係がより実態に近いという仮説を考えることができよう。第二の解釈をとるほうが合理的な推論であり、図1は、世界資本主義の平均利潤率の長期的低下と軍事費増大との間に顕著な負の相関が存在することを示している。

 この相関は、バラン、スウィージー、マンデルらが理論的に提起した「利潤率低下→軍事化」仮説と整合的である。以下論じるのは、仮説を現代的なデータでどこまで再現できるかという点である。そのうえで、もしも、かなりの程度まで仮説が正しいとすれば、平和を求める勢力が、現代的に考えておくべき論点がどこにあり、平和運動が、利潤率とのかかわりにおいて、いかなる歴史的可能性を開くかについても、予備的に研究してみたい。

 さて、図1は世界資本主義総体の動きである。ゆえに、個々の国家にとって「総体」の動きは外的環境のように見える。「総体」はまさに適応すべき所与の条件である。しかし、個々の国家は、実は「総体」の一部をなすプレイヤーでもある。そこで国民国家が、固有の事情によって利潤率の傾向的低下に対して軍事化で応じることがありうるならば、「総体」の動きは漠然とした「総体」の傾向ではなくて、個別国家が利潤率の低下を相殺するべく軍事化に向かう衝動を隠しもって行動することの結果であるかもしれない。たとえば、ある国家が利潤率の低下に悩んでいるばあい、国際情勢に適応するだけでなく、むしろ内発的に軍事化をなしとげたいという衝動を抱くことが容易に推論できる。だから、森の「総体」を見た後、木から森を見るべきである。


2.木から森を見る

そうであるならば、森を見て木を見ず、ではまだ不十分である。本稿についていえば、すでに世界資本主義の総体を確かめた以上、こんどは森の木を見なくてはならない。一つ一つの木にあたるのは、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、北欧、日本、韓国といった主だった国民経済である。これらの国が抱えている「衝動」を具体的に見たほうがなにかとイメージがわきやすかろうと思う。図2、3→


 図2によればアメリカの平均利潤率は傾向的に低下した。図3のポスト冷戦期・新自由主義回復期を見ると、利潤率は反発して高くなった。これはロシアと中国が世界資本主義に本格的に参入した時期であり、とくに中国の参入が平均利潤率を押し上げたのではあるまいか。好影響は2000年までつづく。まさにこの時期に軍事費は下がった。これは軍事費の実額の低下をあらわしている。これをどう解釈すればよいか。軍事的緊張が緩和されたために、軍事費を減らすことができたという事情はあるだろう。これはいわば純政治的原因である。だが、本稿は経済が政治の規定要因であるという筋を重視するから、もう少し考えてみる。すると、利潤率の低下を軍事費で代替する必要性が落ちたから、その影響が出たと言えるかもしれない。いずれの解釈も否定できない真実味があるから、ここでは指摘するにとどめる。さらに先の時期に進むと、ポスト冷戦・ネオ・リベラル回復期が終わるころ、平均利潤率はふたたびジグザグをはらみながら低下し始めた。こんどは徐々に軍事費が上昇する。この時期は、いわゆる対テロ戦争をアメリカが開始した時期である。アフガニスタンやイラク戦争があった。純政治的な軍事的緊張が高まったせいだ。しかし同時に、この時期は利潤率がまた低下し始めてもいる。であるから、ポスト冷戦・新自由主義回復期とはまったく波形が逆模様であるが、やはり利潤率が低下し始めると、軍事費を増やすという因果関係が隠れているようにも思われる。ゆえに、慎重に言うならば、利潤率が上がれば軍事費は下がり、利潤率が下がれば軍事費は上がる、という法則が存在する可能性を否定できないように思われる。図4→


図4は図3と波形が似ているが、こちらは平均利潤率を指数で示す。指数が如実に示すのは、平均利潤率が100から40まで大幅に低下したということである。このように、平均利潤率は冷戦期に下がり、ポスト冷戦期・ネオリベラル回復期にいくぶん上がり、2000年以降ふたたび下がる。総資本は、利潤率の低下に直面するたびに絶えず軍事化を求める衝動をもつ。この意味で利潤率→軍事化という法則は否定できない。実際、1950年代から、オイル・ショックとソ連崩壊期を除いて、一貫して軍事化を進めてきたというのが実態である。図5→

 図5に見るように、アメリカの防衛産業の利潤率は歴代政権の保護をうけて、全産業の平均利潤率を常時上回っており、防衛3社の平均利潤率は次第に全産業利潤率とのギャップを鋏状に拡大しつつある(2)

 なおここには次のようなメカニズムがある(PDAとUSAIの二つの方式という)。紛争地の政治家(ゼレンスキー)がアメリカからの武器援助を請うたばあい、米側は在庫の武器(政府の支払い済)を援助国に対して渡す(PDA)か、または防衛産業に新規発注をおこない、国税を使って防衛産業製造の武器を買い、紛争国に渡す(USAI)。トランプ大統領は「Make America Great Again!」と叫んで、アメリカ産業の平均利潤率低下に歯止めがかからない苦境のなか白昼ピストルを撃ちまくるクレイジーな警官(わかる人にはわかる比喩)である。そして、こともあろうに周到に国民を軍需産業の育て親にしていくのである。

重要な点を付け加えておくと、トランプが地球温暖化はフェイクだと主張し石油に固執するのは、非科学的に見える。しかし、彼のデマは現実に根ざしている。図6→


 図6にみるように、アメリカの石油資本の利潤率は一般産業のそれよりも高い。アメリカの戦闘機、爆撃機、空母、ミサイル輸送、兵站はすべて石油と切り離せない。むろん、まだEV自動車の比率はさほど高くないので、自動車産業を保護するうえでも石油産業の利潤率は高めで推移するだろう。たしかに利潤率の差は縮まりつつあるものの、まだ石油資本の高率は続いている。こうした事情をトランプはわかっているから、アメリカの国家意思を利潤率に従って作動させることを躊躇しないのである。世界中の環境保護団体から見ると、アメリカの「掘って掘って掘りまくれ」という石油回帰政策は狂気の沙汰に見えるであろうが、トランプが決める国家意思がたとえ科学的合理性に著しく反するとしても利潤率上の合理性があるかぎり、環境保護などは後回しにされる。

 

 では、視点を変えてロシアがどういう事情にあるかを見ておこう。むろん、ロシアがウクライナ戦争を起こした原因がどこにあるかもこれでおおよその見当がつく。図7→

 ロシアは2022年にウクライナ戦争を始めた。これが国連憲章違反の暴挙であることはそのとおりである。では、なぜ暴挙をしでかすのか?図7は、ロシアが旧ソ連崩壊後、世界資本主義の一員として国際社会に復帰したものの、2000年まで利潤率の低下に悩んでいたことを示す。ロシアは当初シカゴ学派の経済顧問を呼び、新自由主義政策への転換をめざした。にもかかわらず、2000年まで経済の衰退が収まらなかった。そこで早くもB.エリツィン(ロシア初代大統領1991~1999年)はそれまで減らしてきた軍事費(指数)を1995年から増加に転じさせた。2000年から2010年まで経済は上向きになった。その一因は軍事予算増大にあった。だが、後を継いだプーチン大統領も同じ政策を維持した。ところが2010年から現在まで、一時上がった利潤率がふたたび低下し始めた。プーチンは、石油産業に頼りながら防衛産業の利潤率を高めに維持している。2014年2月下旬、ロシアによるクリミア半島侵攻は、ウクライナが一度親ロに傾いた後、真逆の方向へ転換したことにロシアがつけ込んだものだ。まさに2010年、ロシアは利潤率低下に直面していた。プーチンがあえて国連憲章を破ってクリミア侵攻をしたのは、利潤率低下に加えてウクライナ側に大きな動揺と国論分裂の兆候が出たからであった。侵攻の理由を利潤率の低下だけから説明すべきではないが、そこにウクライナが親ロか親EUで混乱をきたという契機が与えられた。

ウクライナは一見すると売られた喧嘩に受動的に応じただけで悪くないかに見える。だがウクライナにも国民不在の戦争衝動がある。ロシアと同じような、弱い経済と強い軍事依存という体質があり、ここに民主主義の脆弱が加わると戦争が起こりやすいのである。ウクライナに即していえば、EUとロシアの境界に立地する国家が、中立・全方位外交をとらずに「あれかこれかEntweder-oder」に踏み込むことは危険である。ヤヌコーヴィッチ初代大統領にせよゼレンスキー大統領にせよ、小国政治をどう操縦するかという大局観があるのかどうか筆者は疑う。ウクライナ側の事情を同じ視点で確認しておこう。図8→



 ウクライナの状況を「利潤率と軍事費」一般の理論で説明すべきではあるまい。交戦中だからだ。小国が大国と全面戦争に入ってしまったら、利潤率低下を相殺させるため(●●)に(●)軍事費を増やすなどとは言っておれまい。むしろ図8で見るべきは、2010年まで利潤率がマイルドに上がってきていたのに、低下し始めたこの2010年という時点のもつ意味である。まさに2010年は利潤率低下と軍事費増大へ向かうか否かの決断の時期だったのだ。それはEU加盟か親ロシアかで国論が動揺、決裂した2013年より3年さかのぼる時点であった。ヤヌコーヴィッチ大統領はこの時点にこそ細心の注意を払わねばならなかった。ところがまさにここで彼はEU加盟をやめて親ロシアをとるという大問題を提起したのである。二者択一を先延ばしにしてじっくり国民的に議論する時間を稼いでもよかった。初代大統領の急な親ロ路線に反発したゼレンスキーが、こんどは真逆の親EU路線を出してしまった。ロシアの国連憲章違反を正当化するものではないが、ウクライナ国民の多くは親EUを歓迎したかもしれないが、ロシアの不安を煽り、ロシアの暴走の遠因をつくった節がある。2014年のクリミア侵攻、2022年のキエフ侵略へと続いたためにウクライナ戦争が勃発した。日本の1960年代は軍事負担の少ない経済成長路線にあった。ウクライナは中立を維持することで日本型の経済発展を選びえたのではあるまいか。それが利潤率をいくぶん下げたとしても、より民需中心の経済を建設する余地がこの時点ではあった。現在の状態は、ロシアの侵略によって、民需部門が壊滅的な打撃をこうむり、いわば戦時ゆえの軍事部門肥大国家になった状態である。まさに敗戦前の日本のような窮状である。ゼレンスキーには厳しい評価になるけれども、市民の命を犠牲にして、西側の武器支援に頼り、ますます軍需経済の泥沼に沈み込んでいると言うほかはない。これが賢明な親EU路線であったか、ウクライナ国民はきびしい総括を迫られる。

 次に、興味のあるのは中国である。図9、10→

 中国については、図9からわかるように、1995年ないし2000年頃からの軍事費が急増した。1978年から準備され、公式に社会主義市場経済にはいるとされたのは1992年であった。そうなれば資本主義一般の利潤率の傾向が中国にも現れてくる。とくに2000年以降、利潤率は傾向的に低下しつつあり、中国政府は防衛産業の利潤率を高めに維持している。1970年に文化大革命が終わり、利潤率が上向きになり2000年にピークに至ったあと、ただちに利潤率は低下してきた。図10をみると「赤い資本主義」は「資本主義一般」と同じように、平均利潤率を上回る防衛産業の利潤率の鋏状のギャップを拡大させている。そうであるとすれば中国の「赤」は少し色が濁ったのか色褪せたのか、ともかく「資本主義」一般と同化するようになりつつある。わたくしたちは、いたずらに優越感や恐怖心をもつことなく、我が国と同一の病理(利潤率の低下を軍事化によって代替する戦略)を持つ者同士として平和の主体になろうと励ましあわねばならないのかもしれない。

 次に、日本、イギリス、北欧諸国を見ることにしよう。図11、12、13→ 

 3つの図のいずれにも共通するのは日英北欧どの諸国も利潤率の低下を免れないということ、にもかかわらず平均利潤率を防衛産業のそれが上回ること、である。この意味で、平和憲法をもつ日本も福祉国家の評価が高い北欧諸国も、資本主義国家である限り、絶えず戦争国家への衝動をもっている。最近の出来事でわたくしが驚いたのは、中立国を誇ったスウェーデンがあっさりNATOに加盟したことだった。それはある程度図13でわかる。またグリーンランドをアメリカにとられそうになったデンマークが戦艦を北海に出動させたことも大きい意味を持つ。福祉国家は幸福度が高く、ジェンダー平等を誇る。しかし、小国なりに幸福度の維持に努力してきたことは立派だが、福祉部門は低利潤率であるがゆえに、大国が横波をたてて揺さぶってくると、政治家はそれを口実に軍事化へ進みうる、ということである。国民の高い福祉コンセンサスがあっても、それを守るのは並大抵のことではない。とくに北欧の防衛産業の利潤率が平均利潤率を鋏状に引き離しつつある。福祉国家を守るということは、安易に防衛産業の高利潤率に手を出さないということでなくてはならないのに、それが事実によって裏切られつつある。現実の軍事費もまた伸びてきている。わたくしは「北欧よ、おまえもか」との不安をぬぐえない。

 日本に関してつけ加えると(図11)、1980年ごろに防衛産業の利潤率が突出した。これは、中曽根康弘の防衛産業保護による。そしてまた、2020年代にふたたびぐんと防衛産業の利潤率が上がっているのは、安倍、高市政権の仕業である。

 ここでEUとNATOが抱合し、軒並みGDP5%の軍事予算をとると合唱した件を考えておこう。彼らは、ウクライナ戦争の近隣におり、またいつ世界の警察官であるアメリカ軍が手を引くか、怯えている。だから、トランプの鼻息に気押されて仕方なく軍事化に踏み切ったのだろうと見る向きもあるだろう。だがそれは間違っていると思う。図14、15、16、17

 EUを動かす有力国家のうちドイツ、フランス、オランダ、イタリアを見ると、フランスのような伝統的帝国主義国(戦後アルジェリア、ヴェトナムで植民地戦争をおこない、太平洋で核実験をおこなった)は1995年頃から一貫して低利潤率高軍事費型である。これに対して、第二次大戦の経験から軍事化に対して慎重であったドイツとイタリアが2000年代になってはっきりと軍事費を増やし、現代帝国主義の一員となりつつある。グラフの形によるだけであまり実質的な意味はないかもしれないが、5か国をみると英仏は伝統的帝国主義国家(低利潤率高軍事費型)であるのにたいして、独蘭伊は2000年代に平均利潤率と軍事費の二つの線がはじめて交差した。交差そのものに意味はないが、両者の鋏状差が拡大している。2015年から2025年の幅でみると、どの国家も共通に高い軍事費の増加が利潤率の低下を逆転させたり、いくぶん相殺させた。さらなる専門的な分析を要すると思うけれども、これはただの相関ではあるまい。

 原理論的には、<利潤率の低下→民間資本の投資が停滞する→過剰資本処理が課題となる→物質的生産から乖離した金融資本の運動が活発化する→さらなる過剰資本の処理が課題となる→財界の政府への要望が強まる→政府が軍事支出を増やす→防衛産業の高利潤が維持されさらに軍事化が進行する>という因果連鎖が高い確率で推定できる。端的にまとめれば、利潤率低下が軍事化を促す条件の一つである。こういうことがもし言えるならば、この論理的推論によって、上に見たグラフを大観すれば、ヨーロッパ諸国はどれも共通して利潤率の低下に悩んでおり、それを軍事費増加で切り抜けようとしていることは明らかである。トランプの威嚇に押し負けたように見えるが、実はトランプの威を借りてこれまでやれなかったことをやり始めたと言えるかもしれない。これはEU社会権の普遍主義を危機にさらす兆候である。社会権は、生存権の系列である。それは平和的生存権の基礎である。EU社会権、日本の憲法第9条が同時に瀬戸際に立たされるのはなぜか、という問題をこのような論理で位置づけることが今こそ重要なのである。だから、世界中の左翼はこのことを十分自覚しなければ、国民が感染しやすい排外主義と闘えなくなる。


3.現代世界の平均利潤率と防衛産業の利潤率


要点をまとめる。第一に、世界資本主義が総体として利潤率の低下を抑え込み、すこしでも高利潤率を維持したければ、軍事費を増加させて防衛産業の高利潤率を守り、いくぶんかでも過剰資本の処理に道を開かねばならない。だが、これは万病に効くわけではない。世界が総体として、民需の停滞を温存し、過剰資本を軍事にふりむけると軍事偏重の社会ができてしまう。ある程度までは国際関係を抑止論によって抑え込むことはできるだろう。しかし、民需のなかでもとくに大切なのは福祉、教育、医療のように人間性と生命にかかわる分野である。こうした分野を停滞のうちに放置すれば諸国民は不満を抱える。ところが、資本主義はこの不満を解消できない。なぜなら福祉・教育・医療はいずれも低利潤率である。だからそこに資金を誘導することを本質的に嫌うのである。

 けっきょく軍需と民需のジレンマを軍需で圧倒するためには、熱戦に国民を臨界させるのが一番簡単な解決法である。抑止論をふりかざした恐怖の均衡論が出てくる背景はここにある。こうした世界は決して正常ではない。だが、こうした不正常を正当化する狡猾な総資本の戦略は常に隠れている。このことをわたくしたちは忘れてはならないのである。

第二に、森のなかの木を詳細に見ると、ここで採りあげた諸国がいずれも低利潤率と軍事費増の代替戦略をとろうとしていることがわかった。国連憲章が簡単に無視され、国連の警告をどの国の首脳も軽んじるのはいったいなぜであろうか。それは、個々の国が誰かの動きを口実にして軍事化へ流されているからである。国連は頼りにならないと人々が思えば思うほど、内向けのナショナリズムは強化される。典型はアメリカである。アメリカは、世界中に顧客をもつ強力な防衛産業を擁している。ゆえに米軍を撤収する可能性に言及すると武器の海外市場を広げることができるのである。外国向け武器販売で国内防衛産業の利潤率を引き上げることができる。ロシアや中国も本質的には変わるところがない。アメリカ、ロシア、中国は似た者同士であり、領土拡張をしないという国連憲章をあからさまに蹂躙した。中国の南沙諸島基地化などはこの近似値である。国連憲章違反が広がる背景に、世界資本主義総体の利潤率の低下があること、それを相殺したいという願望があることを見過ごすことはできない。

第三に、米中ロといった軍事大国以外の欧米日北欧諸国にも、同じ傾向があることがわかる。かつては平和の使者であったスウェーデンが中立を捨て、NATOに加盟したのは衝撃である。イギリスのEU離脱は移民問題に直面して社会権の普遍主義を放棄した結果だ。またGDP5%の防衛費にNATOが合意したことや日本の維新や参政党のような排外主義的現象も同じ傾向の一環である。戦後日本社会はアメリカによる民主化と非軍事化が1947年に逆転したことを根幹に持っている。反民主化と軍事化の「押し付け」によって、ますます憲法が周辺化される。アメリカは一貫して1947年以降、非民主化と軍事化を「押し付け」てきた。これに迎合しているのが自民、維新、参政党である。国会の多数が改憲勢力になったのは、議員政党という日本の政党の特徴が関与している。ここには、民衆が不在のため、世論の接続面が狭い。そのぶん、利潤率を軍事で代替する考えが独走しやすい。高市首相は、「我が国をとりまく国際情勢が激変している」から、国防を強化すると言う。小泉進次郎防衛大臣は、「防衛と経済の好循環」を生み出すと述べ、防衛産業とは「人の命を守る産業」であると言う。総じて、国家間の壁を高くし、「生命観」の倒錯が進行している。


以上のように、大小さまざまな諸国家の状況を考慮したうえで、日本と世界を貫通するところの、基本路線の混乱はいったいどこから来るか、を考えてみたい。この混乱は偶発的なものではなく、孤立的現象ではなく、もっと太い本流となってきている。図18→


 ここに16か国の平均利潤率と防衛産業の利潤率を一枚にまとめたグラフを並べてみた。それらのお国柄はまことに多様なのだが、それにもかかわらず利潤率に還元して比較すると共通した線形が現れる。すべての国民国家の全産業平均利潤率は、例外なく傾向的に低下している。しかもすべて同じように、途中で防衛産業の利潤率と交差し、追い越されてしまう。各国首脳がどの程度自覚しているかは別としても、為替相場、株価、などに一喜一憂する現代政治の在り方は、目先の市場の動向に過敏である。そのなかでも利潤率志向は最も大きい誘因であると思われる。なぜなら、利潤率の上昇は、投資、株高、税収、賃金支払いの可能性を見込め、労資対立緩和、福祉国家維持、中間層育成の好条件になりうるからだ。政治家は、「成長」「雇用」「国際競争力」「安全保障」「イノベーション」などの多様な表現を用いるが、実のところは「利潤率」と言いたいのである。しかし、そういう表現をとるとただちに「資本家重視」「富裕層優遇」「会社側の番犬」という非難を浴びやすいので、それを言えないのである。そして密かにその好条件を政治家が追うにもかかわらず、現実はますますその願望を裏切るのである。この我慢の末に、政治家と財界は手のひらを返すように「強兵富国」路線へ転調しやすいのである。

 こうして、利潤率志向の世界は日に日に深い危機へ諸国民を導くものである。現代世界を①先進国、②拡大BRICS、③東南アジア、④アフリカ(南アを除く)、⑤中南米(ブラジルを除く)に分けて、平均利潤率と防衛産業の利潤率の図を描いてみよう。図19→

 現代世界を5類型にわけて、どの類型が戦争衝動を強く持つかを調べる。基準は、平均利潤率よりも防衛産業の利潤率が高いほど、それだけ戦争衝動が高いと見なしうるだろう。こういう基準から見ると、戦争衝動が最も強いのは①先進国であり、続いて②BRICSである。他の3類型のふたつの利潤率はさほど乖離していない。それだけ戦争衝動は弱いということである。5類型で振り返ってみると、21世紀の戦争は、先進国かBRICSのいずれかの国が仕掛けたものが圧倒的に多かったという事実がある。図19はこの背景を裏づけている。

 以上みてきたように、世界資本主義は、総体として利潤率の低下に苦しんでいる。なかでも先進国とBRICSの悩みが深く、それだけに戦争衝動が強い。それゆえに、どの国家も「国際情勢の激変」さえあればそれを口実に軍事拡大したいと思っている。そもそも国際情勢は所与のものではない。国際情勢を日々更新しているのは個々の国家である。いかなる国家も後手ではなく、先手のプレイヤーである。先進国首脳会談で、いわば非合法で世界を指導している連中は、実は最も戦争衝動が強いふたつの類型出身者であり、他の3類型はかなりの程度「平和主義者」なのである。土俵の外に追放された「平和主義者」の諸国がもっと強い発言権を持つならば、戦争好きの2類型を制御できる可能性がある。そのために①②の左翼は奮闘する義務を負うている。


4.戦争国家/福祉国家の選択の意味するもの

 ここで大事なことをつけ足しておこう。利潤率の低下が傾向的に進む、というのは事実としてある程度避けられないことがわかった。そこで現実に戦争国家化の衝動が蓄積されつつあることもわかった。武器を発注すれば、防衛産業が潤い、民間資本の過剰資本の一部が高利潤の投資先を見出す。しかしながら、武器はひとたび倉庫に貯まれば、維持と廃棄コストが増え、退役兵器の解体、無害化、保守に莫大な予算がかかる。だから、政治家は表立っては言わないが、ある程度の軍事的緊張、限定的な紛争は、兵器の循環を促し、武器の「無駄」化を回避させる。すなわち、戦争国家はますます熱戦国家に転化しやすい条件をつくりだす。

 この愚を避けて通ることはできるであろうか。軍事ではなく、エッセンシャル・ワーカ―を含む福祉、教育、医療部門を拡充すれば利潤率の傾向的低下を止めることはできるだろうか。これらの部門は、利潤率が低いがゆえに新自由主義のもとで抑制されてきたのである。→図20

 図20に見るように、福祉・教育・医療分野の利潤率は、常時全産業の平均利潤率よりも常に下回っている。だから、利潤率引き上げの有力な対策にはならない。もし戦争国家を福祉国家に置きかえれば、利潤率の傾向的低下が止まるというわけではない。それどころか、一層低下が進む恐れは高いだろう。福祉、教育、医療部門でも、すこしずつ機械化やロボット化は進行するだろう。利潤率の傾向的低下は、戦争国家以上に福祉国家でこそ一層激しく進行するであろう。これは避けられない。

 もともと1970年代以降の新自由主義は、それまでは公的部門に属していた福祉・教育・医療分野を企業化した。企業進出の場を与えてやったのはなぜだろう。私見では、公的部門に福祉・教育・医療分野が集中していくと、税金分割闘争が熾烈化し、政治がもたないという予想があったのと同時に利潤率がすでに低下してきていたので民間投資先を与えようとしたのではないかと思う。一石二鳥を狙ったのである。しかし、一石二鳥は失敗した。福祉・教育・医療は生命とその発達にかかわるエッセンシャルな基幹分野であるから、利潤主義と新和性が低い。だからこれらの分野は荒れ果ててゆく。しかも、需要は上がることはあっても下がることはないので、政府の援助を求める声はますます高まり、けっきょくのところ、税金分割闘争(大砲かバターか)は昂進する。

 だからいわゆる「福祉切り捨て」が長続きできない。そのなかで「福祉国家の再建」を訴える国民の世論は、資本主義国家にとって非常な難題をつきつけることになる。「大砲よりバター」と世論が言えば、バターを選ばねば票にならない。しかしそれでは利潤率は下がる。それゆえ、利潤率を上げようとすればバターを諦めさせるしかない。票と利潤率のジレンマのなかで各国政治家はレトリックで誤魔化すしかない。ときには軍事的緊張を煽り、ときには福祉は悲願だとも言う。政治家の言葉が奇妙に空虚なのは、こうしたジレンマが底流にあるからなのだ。

 わたくしたちはこのジレンマを見据えておく必要がある。そして惑わず選ばねばならない。もし福祉国家をもとめる実践的運動を展開すれば新しい地平を開くことができる。現代の福祉国家化は20世紀における福祉国家化とは性格を異にする運動である。新自由主義以前の福祉国家は、新自由主義以後の福祉国家と同じものではない。それはいったい、どういうことであろうか。

 新しい福祉国家は前の福祉国家とは違う。第一に、世界資本主義の利潤率低下に対して今度は散発的にではなく、福祉国家が連合しあうことで一層その低下に加担するという性格を帯びざるを得ない(3)。利潤率を自覚的に下げるというのは読者には違和感をもたらすかもしれない。しかし、これは動かせない定言命題である。言い換えるならば、利潤率を犠牲にしてでも生命を守るという、価値観の選択を提起するだろう。利潤率を上げることが幸福の本質であるのか、それともたとえ利潤率が低くても、否、むしろ反利潤率的な「人間的必要」を満たすことのほうが幸福の本質であるのか、という争点を世界に向かって俎上にあげるだろう。第二に、この価値観上の対立は、より一層軍儒部門を拡大するのか、それとも民需部門を拡大するのか、という選択肢を国民に提起するだろう。このばあいの民需はすなわち、福祉、教育、医療の比重の高い民需構造を維持することだから、すぐれて産業構造(具体的な歴史的労働過程)の選択である。国民はどういう職場で何をつくり、どういうサービスを享受したいのか、という構想をもたねばならない。これはすぐれて諸国民の未来展望にかかっている。

 

結論

 

 ここから結論を述べる。世界資本主義がぜんたいとして利潤率の傾向的低下のうちに、現にある以上、いかなる諸国民も、それぞれの国民社会内で対外的、対内的な二つの論争点に直面し、それらを通過するに際して、利潤/人間的必要、軍儒/民需、人殺し/生命維持(福祉、教育、医療)のいずれに軸心を置いて生きるかを選択せざるをえない。客観的にみて、この価値観の選択が意味するものは、資本主義そのものの性格を根底的に変えるほど重大な可能性を孕んでいる。

 一般に資本主義のもとで、労働過程は資本家によって専制的に編成されてきた。この専制なしには剰余価値を追求できないからだ。資本主義のもっともましな政治は民主主義的共和制であると言われる。政治の主体は民衆である(国民主権というかたちで)が、経済の主体は資本であって民衆ではない。むしろ民衆は、価値増殖のために編成された専制下で、資本主義的労働過程(コンビネーションという)を受容させられ、このことが絶えず歴史を一人歩きさせてきたのである。専制は体制を貫通してますます利潤志向、軍需志向、人殺し志向で運営される。専制下に置かれた民衆は死ぬほどこき使われるので、恐るべきこの現実を見てただ茫然としている。世界は21世紀になっていよいよ荒れくるい、かつまた逃れることができない惨状を呈している。だが、この惨状に直面したのは、新自由主義が到来して約50年経った後だったことを忘れてはならない。図21→

 先進国が新自由主義に転換し始めたのは1970年代のことであった。図21はその効き目が世界規模で現れ、1980年から1995年まで利潤率をいくぶん上向きにさせるに寄与したことを示している。注射はたしかに効いたのである。と同時に剰余価値率をみると、1980年までは緩い右上がりであったものが、1980~1995年に急な右上がりになったことが見て取れる。つまり、1980年から1995年までの15年間にすさまじい強搾取が行われたことによって利潤率をあげることに成功したのだと見受けられる。そして1995年以降は、利潤率はふたたび下がり始めた。それゆえにまた総資本はかなり着実に右上がりの剰余価値率を上昇させていることがわかるだろう。

 このように、利潤率低下を抑えたり、相殺すれば利潤量を確保できるのだが、そのためには懸命に剰余価値率をあげなくてはならなくなる。まさにこの動機が現代世界を動かしているのだ。

 さて、本稿は「利潤率と軍事化」の関係をみようとしたものであった。そこに焦点を当てる以上、次の結論は動かない。すなわち、利潤率が下がるがゆえに人類は互いに武装し、その果てにおいて殺しあう臨界点まですすみ、時に熱戦をするのだ。しかし、ここにはもっと根本的な問題次元があったことを忘れてはならない。図21で見たように、新自由主義はたんに市場原理や競争や自己責任の強調ではない。それらすべてをつうじて剰余価値率を引き上げるという結末を狙うものであった。図22は,指数ではなく、実体的な率で示し直したものである。

 図22は、新自由主義のカンフル注射が効いたことを実体のある百分比(%)で裏づけている。利潤率は一時的に1985年から1995年まで持ち直した。賃下げ、労働強化、非正規化、労組破壊、グローバル低賃金スパイラルなどが剰余価値率を押し上げた結果、利潤率が相殺されるどころか一時上がったのだ。しかし、効き目は永続しなかった。1945年から1980年までと同様の利潤率下落が再発した、これは新自由主義が新しい危機に直面したことを意味する。それをバージョンアップさせるための特効薬はない。ゆえに、いまだかつて見たことのないような鋭い剰余価値率上昇によって利潤量を維持しようとせざるをえない。すなわち、1995年以降、利潤率が低下するにつれ、剰余価値率はさらに上昇しつづけており、最新データによれば剰余価値率は272%まで上がった。『資本論』で剰余価値率100%を初学者は学ぶわけであるが、主として相対的剰余価値の追求により、見かけの生活はそれなりに大型テレビや携帯電話で飾られている。しかし、生活水準はプラトー状態か、もしくは下がってきており、剰余価値率は物凄い勢いで上昇しているのである。利潤率が下がるにもかかわらず剰余価値率が上がるのではない。利潤率が下がるがゆえに剰余価値率が上がるのだ。

 これは何よりも長い目で振り返るならば、わかることである。そもそも新自由主義は、賃金抑制、労働組合の弱体化、規制緩和、民営化、福祉削減、非正規化、グローバル低賃金労働力の活用などを指す。もともと新自由主義は利潤率の低下を剰余価値率の上昇に転嫁させるために導入されたのだ。各個別資本は、利潤率が下がってくると利潤量を確保するために、個々に剰余価値率を上げるしかない。これを総体として加算すれば、新自由主義は資本主義体制を挽回させるためにまことに大きな寄与をなしてきたことを理解できる。

 ここに本稿で主題としてきた軍事化の論理を重ねるとどうなるだろうか。新自由主義のもとで、人びとは死ぬほどこき使われ、剰余価値率の上昇と利潤率の回復に貢献させられた。だが新自由主義の舞台装置が確立されたとしても、効き目は徐々に薄れてくる。それでもいずれは利潤率が落ちてくる。すると全産業で平均利潤率の低下を相殺する手法が模索され、ますます剰余価値率を引き上げる努力が強化される。剰余価値率が上がれば上がるほど、それだけ一層購買力が相対的に落ちて、過剰生産気味になり、過剰資本は金融化、NISA、投機化へ流れていくが、それでも間に合わなくなる。ここでついに各国家は禁じ手の軍事化へ突入してゆく、といえる。いままでは、こき使われても我慢できた。しかし、利潤率がさらに落ちてくると一層強くこき使われ、それでも足りなくなって軍事費と兵役をも我慢しなくてはならなくなってゆく。すなわち、軍事費の増大は、利潤率を低下させないための循環のなかの一対策なのである。だがそれだけではなく、剰余価値率を引き上げるための国家的圧力を上げるものになってゆき、全世界的に見ると、まことに重苦しい軍事資本主義の影が強まり、大衆の疲労と貧困は吊り上げられていくにちがいない。

 あらためて相互のモメントを有機的に考慮すると事態はこうなっているだろう。すなわち、企業内の資本専制を受容させないかぎり剰余価値率をあげることはできないが、そうするためには人間の従順さを可能な限り最大化させなくてはならない。教育やマスコミが総動員されていることはすでに承知のことである。

 利潤率の低下を軍事化に代替する戦略は、本当は、利潤量を確保するために剰余価値率を引き上げる補償システムの一部をなすものであり、その局所的現象形態なのである。

 このとき、「強くて豊かな日本をとりもどす」「日本人をナメるな」「防衛産業は人の命を守るための産業です」などの言説が流通するようになり、武器輸出が解禁され、日本版CIA設置、緊急事態法の設置などがもくろまれる。まさしく、働いて働いて死ぬか、それとも戦争で死ぬか、しか選択の余地がない社会がつくられようとしている。

 筋書きはけっして解読困難なものではなく、むしろ平明でさえある。こうした一連の筋書きに従って、利潤率が下がれば下がるほど、それだけ一層剰余価値率は押し上げられていくだろう。

 眼のまえの軍事化をどうやって人間的必要、民需、生命維持を志向する生産部門へ埋め込み、縮小させるかが日々問われるようになってくる。これは総体的戦略の局所がまさにその最先端で問い返されるということである。だが、局所的反転が意味するところは決して小さいものではない。なぜならば、それは、利潤を根本的動機とする生産システムの階段の最上段をこれ以上積み上げることは考えものであるという疑念だからである。本質上、この問題は資本主義的労働過程を利潤志向から人間志向へ、価値志向から使用価値志向へ、換言すれば資本主義的労働過程の編成機軸をどう構想するべきかという問題次元へはね返ってゆかざるをえない。

 これはほかならぬ資本主義の根本的な転換を準備する。むろん、世界には多様な思想、多様な宗教、多様なイデオロギーがあり、人びとは「自由な思想市場」に囲まれて、自由に思想を形成する。それは結構なことである。だがいかなる思想的立場に立つにせよ、人類は総体として、軍需/民需、戦争国家/福祉国家、専制/自治、利潤/人間的必要といった一連の二者択一に頭を悩ませることになるのだろうと思われる。このことが多様な思想のもとで人類を一体化させ、連帯を義務づける(4)。いずれにせよ、利潤率の低下を剰余価値率の上昇によって補償するバーター・システムは、体制が続く限り、ほとんど際限がない。私たちが戦争、地球環境破壊、格差、生命再生産の危機に日々追われる真の理由はことごとくこのバーター・システムから来ている。そうであるだけに、私たちがますますこのシステムにピリオドを打つよう迫られることは確実である。


(1)本稿のグラフはChatGPTによって描かせた。根拠となる数値や典拠はその都度図の下部で説明した。私は、論理構成だけは自分に頼りたいので、技術処理のみをAIにゆだねた。

(2)  アメリカを中心とする軍事投資が利潤率にいかなる影響をあたえたかを論じた著書としてAdem Yavuz Elveren,Heterodox Economics of Military Spending,Routledge,2025.を参照した。Adem Y. Elveren (2020): Military Spending and Profit Rate: A Circuit of Capital Model with a Military Sector, Defence and Peace Economicsをも参照した。エルヴェレンは、軍事化が利潤率の低下を相殺するということを実証的に明らかにした。マルクス学派の紹介もなされており、参考になる。本稿との関係で言えば彼は①軍事化→利潤率という点を実証した点で高い貢献をした。だが、本稿はむしろ逆の関係、すなわち②利潤率→軍事化という関係を重視している。私見では②が基礎で、そのうえで①を展開することが重要に思える。一層の深い検討が必要であろう。

(3)   利潤志向は、資本主義の本質から派生する一般的イデオロギーである。国民は、利潤率が低いよりは高い方が好ましいと考える習性を徐々に持つようにさえなる。すると、教育、福祉、医療などの低利潤部門を拡大することは、あまり儲からないことにあえて手を出す空費ではないかと思うかも知れない。しかし、こうしたイデオロギー的メガネを外してものごとを考えるならば、人間が天賦の才能を伸ばすこと、保育や介護、病気やけがを治療できることは本来の文明の目的であったはずである。もしそうであるならば、むしろ低利潤率部門を拡大し、あえて低利潤部門に投資を持続させ、低利潤の産業構造を建設することはまことに名誉なことなのである。したがってマルクスの利潤率の傾向的低下の法則に即していえば、この低下を一層加速させることが国民的な選択なのである。

(4)   日本被団協初代会長森瀧市郎氏(1901~1994年)が言ったとおり「核と人類は共存できない」。このことを誰が否定できるであろうか。象徴的な言葉の闘争においては、この格言に優るものはない。けれども、では具体的にどういう社会を建設すれば核のない平和な国際社会をつくることに貢献できるのであろうか。象徴的なシンボリックな闘争で勝利したとしても、それを実体の次元に定着させるのには、また別途の努力が必要である。本稿の考察からすれば、けっきょく、「資本主義と人類は共存できない」ということになるのではないかと思う。

*著者からのお断り。本稿はchatGPTを使ったという意味で、まことに試論的なものである。データの検証という点で、まだまだ不安定であり、本格的な意味での論文の要件を十分満たしているかどうか問題なしとしない。AIの成熟度が上がり、学界のAIへの態度が標準化するまでは、一切の引用をお断りする。

                   

2026年5月9日 「利潤率の低下と軍事費の増大」

 

 世界資本主義の利潤率低下と軍事費増大


 私は計量経済学に精通しないが、ChatGPTを使えば簡単にグラフを作ってくれる。かねてから、21世紀の戦争は利潤率の傾向的低下と何らかの相関(あるいはより強く、因果連関)を持つのではないかと思ってきた。しかし、必ずしもそれを解明してくれる学者が見当たらない。それは身の回りにいないというだけかもしれないが、少なくとも日本ではお目にかからない。ともかく、こうした問題意識でグラフを作成させてみたら以下のようになった。

 

                                                                                   

このグラフが示しているのは、二つの線の相関である。これを因果関係として読むためには形式上二つの可能性がある。第一に、軍事費が増大したから利潤率が低下したと読む。第二に、利潤率が低下したから軍事が増大したと読む。軍事費を増大させることが利潤率を下げるのであれば、資本主義国家はそうした策をとろうとしないだろう。もしやれば国家として失格である。財界もそれを許すまい。ゆえに、利潤率が下がるのをいくぶんかでも食い止めるために軍事費を増大させる、という因果関係が残る。第二の可能性を選ぶのが合理的な推論であり、実態もまたそちらを裏づけていると思われる。

 ここにあげたグラフは世界資本主義の総体の動きである。このなかで、日本もまた同じ傾向を示している。高市首相は、「我が国をとりまく国際情勢が激変している」から、国防を強化する、と言う。小泉進次郎防衛大臣は、「防衛と経済の好循環」を生み出すと述べ、防衛産業とは「人の命を守る産業」であると言う。一言で言えば、軍産複合体を発展させることを、血税を使ってやるべきであるというところが一貫している。

 しかし、グラフで見る限り真実は逆であろう。欧米日露中を含む世界資本主義の動きが、総体として利潤率の低下に悩んでいる。それゆえに、どの国家も「国際情勢の激変」さえあればそれを口実に軍事拡大したい。そもそも国際情勢は所与のものではない。国際情勢を日々更新しているのは個々の国家である。日本は、後手ではなく、先手の一員である。

 もう少し根本的なことをつけ足しておこう。利潤率の低下が傾向的に進む、というのはある程度避けられないとしよう。軍事ではなく、エッセンシャル・ワーカ―を含む福祉、教育、医療部門を拡充すれば低下傾向を止めることはできるだろうか。これらの部門は、利潤率が低いがゆえに抑制されてきたのである。だから、利潤率引き上げの有力な対策にはならない。軍事国家化を福祉国家化に置きかえたとしても、利潤率の傾向的低下は止まらない。それどころか、一層低下が進む恐れは高いだろう。

 一般に、生産手段の機械化が進めば進むほど資本の有機的構成が高まり、M(剰余価値)÷(C固定資本+V可変資本)=利潤率は下がる。福祉、教育、医療部門でも、すこしずつ機械化やロボット化は進行するだろう。利潤率の傾向的低下は、軍事国家以上に福祉国家でこそ一層激しく進行する。これは避けられない。

 詳細は省くけれども、1970年代からの新自由主義は、こうした低利潤率部門をカットする狙いで導入されたわけであるから、軍事化の方向に進むのは、ある意味では当然である。

 そうだとすれば、現在の時点で「福祉国家の再建」を訴える国民の世論は、資本主義国家にとって非常な難題をつきつけることになる。「大砲よりバター」と世論が言えば、バターを選ばねばならないが、それでは儲からない。しかし、利潤率を上げようとすれば、バターを諦めさせるしかない。これは票と儲けのジレンマである。各国政治家はかかるジレンマをレトリックで誤魔化すしかない。政治家の言葉が奇妙に空虚なのは、これによるのではあるまいか。

 ゆえに、このジレンマを見据えて福祉国家をもとめる実践的運動が重要度を増す。しかしながら、それは20世紀における福祉国家化とは性格を異にする運動である。新自由主義以前の福祉国家は、新自由主義以後の福祉国家と同じものではない。

 では、新しい福祉国家はいかなる性格をもつのか。第一に、世界資本主義の利潤率低下に一層加担するという性格を帯びざるを得ない。言い換えるならば、利潤率を犠牲にしてでも命を守るという、価値観の選択を提起するだろう。利潤を増やすことが幸福の本質であるのか、それともたとえ利潤率が低くても、否、むしろ反利潤率的な「人間的必要」を満たすことのほうが幸福の本質であるのか、という争点をもたらすだろう。第二に、この価値観上の対立は、より一層軍儒部門を拡大するのか、それとも民需部門を拡大するのか、という選択肢の前に国民を引きずり出すだろう。

 ここからは、私見であるが、こうした二つの論争点を通過することをつうじて、各国民が、利潤/人間的必要、軍儒/民需を選択しないわけにはいかない。客観的にみて、この価値観の選択が意味するものは、価値生産から使用価値生産へ、換言すれば資本主義的労働過程の内的比重の機軸をどう構想するべきか、ということにほかならない。いかなる思想的立場に立つにせよ、人類は総体としてこのことに頭を悩ませることになるのだろうと思われる。


2025年9月18日 「たった一つの地球人の思想史」の構想2

 地の利ということがある。思想史の書き手には比較優位性がないとは言えない。日本は中国の横にあって、漢字、都市計画、詩、衣服、薬、医学、儒教、仏教など、実にさまざまな文物を学び、大きな影響を受けてきた。秀吉の朝鮮侵略を脇に置けば、明治維新まで中国文化圏の中にあった。ところが、鉄砲伝来1543を契機に西洋文明に衝撃を受け、天下統一までの戦闘形態は一変した。武士社会は、実は鉄砲の所産である。通常の史観では、武士社会は恩と報恩、殿と家来、土地分配と忠義である。一見すると武士社会は最も日本的なものに見える。中国、朝鮮に武士階級の支配がなかった。日本になぜ武士支配があったか。土地を武力で取ったからだ。しかし、何によって土地を取ったかを考えると、兵農分離と鉄砲によるものだった。武士社会の成立要因にはウェスタン・インパクトが絡んでいる。もっとも日本的な封建制が、西洋的なものの所産である。

 秀吉は天下統一をした。その後で西洋と向かい合うと、到底勝てぬ強敵であることがわかった。スペインは布教を装って土地を狙っている。侵略してくるかもしれない。この恐慌を感じた武士は、ある意味ではスペインに洗脳された信仰集団と闘った(島原の乱1637年天草四郎の軍の旗を見よ。ものによってはIHSイエズス会のマークがある。先住民の土地を奪ったピサロ軍と同一)。まさに西洋の植民地主義に対する恐怖ゆえに、その後鎖国1644した。

 鎖国は、それゆえ、世界システムの外にあることを意味しない。「4つの口(琉球、長崎、対馬、蝦夷)」を開けて、幕府が貿易独占したのだから、近代世界システムの中にあった。近代世界システムの中にあるが、幕府が管理貿易を行うことで、民間社会を一切排除した。したがって、いわゆる鎖国とは幕府にとっての外交權の独占であり、諸藩と民間社会の貿易権の剥奪であった。

 黒船来航1853によって求められた開国とはなんであったか。それは下田と函館の開港であり、外国人が遭難した場合の安全性の確保に過ぎなかった。鎖国から開国へ、幕府の管理貿易から自由貿易へ一挙に移行したわけではなく、長崎出島に加えて下田と函館を増やしたにとどまる。しかし、日米和親条約1854と日米修好通商条約1858を比べると質的に違う。1854年に和親条約を結んだのは、米、英、露、1855年が蘭だった。だが1858年の修好通商条約にはラッシュがかかり、米に続き、英、仏、蘭、露5カ国が参入した。開港地は長崎が全面開港、神戸、横浜(下田を閉じて移行)、新潟、函館となった。1858年こそが事実上の自由貿易のスタートである。

 幕府はそれでも管理貿易を持続しようとしたが、5つの外国が5つの港から入り、しかも、各国の貿易商が入ってきて、諸藩や民間人と交易し始めると、もはや管理不能となった。例えば長崎の民間スコットランド人グラバーは貿易権を奪われていた諸藩と勝手に売買し、薩摩、長州、土佐に武器を売る「死の商人」だった。幕府による管理貿易が徐々に弱体化し、薩長土その他外様の藩に武器が流れるようになると幕府の武力独占は崩壊した。こうして260年の長きにわたった徳川幕藩体制はついに崩壊した。

 戦国時代から振り返ると、近代西洋システムが日本の波打ち際まで来たからこそ、武士社会が成立したが、武士は世界システムの波に乗ったとはいえ、徳川幕府は民間社会の自由を許さず、外に対しては管理貿易、内に向かってはなお儒教の体制を維持した。しかし長崎その他の4つの口からオランダを中心にして西洋を監視していた。だが、黒船と5つの開港によって、西洋はなだれ込み、薩長土に武力的に追い詰められ、武家社会そのものが壊された。

 単純化すれば、明治維新以降は、中国一辺倒から西洋一辺倒へ180度回転した。それから約160年間は、西洋追随である。飛鳥寺(596年)から明治維新(1868年)までの中国一辺倒は、約1300年とすれば、西洋一辺倒はせいぜい160年である。

 日本と日本人は、中国一辺倒から西洋一辺倒へ移ったが、2つの層を自我の中に保持している。字のことを考えると、基層に漢字、その上に平がな、カタカナ、西洋原語という4つの層を駆使して生きている。その時々の体勢に適応するために、わが祖先はまことに四苦八苦して、口語と活字を組み合わせて生きてきたわけである。

 ある意味では、一貫して大国追随である。長いものには巻かれろ、である。その都度手のひらを返すように、昨日を忘れ、明日を生きようとした。明治維新が最初の忘却なら、敗戦後のアメリカ追随は大忘却だった。だから、ここには連続性がない。日本人のアイデンティティーは、歴史的に辿れば明確なことであるが、背骨がボッキリ折れている。哀れな日本人はなんということか、背骨が折れたまま、痛みを感じることもなく1億人が歩いている。これは、驚くべき光景ではないだろうか。

 なんの一貫性もないまま、ただその都度大国に追随し、強い方につくだけ。これは一貫した太鼓持ちである。このような国民にいかなる主体性や将来性があるというのか。まずは真っ当に恥よ!そう言いたい。恥ることすらできない能天気な国民に何が期待できるだろうか。ゆえにおのれ自身の背骨をまずまっすぐ建て直せ、とも言いたい。

 しかし、そういう恥の感覚、日和見主義的体質への痛苦は日本国という単位に固執するからこそ起こる。恥いるからこそ、対米追随ではダメだということになる。対米追随を拒否してきたのは本土国民ではない。唯一沖縄県民だけである。本土国民は自民党という傀儡政権pupett governmentを支持する傀儡国民に過ぎない。覚醒を通じて改心する可能性はまだある。

 しかし、ぼくが目指しているのは、「新しい国民」ではない。全方位外交を回復する「新しい国民」の誕生を拒否するものではないが、日本の精神的課題はもはやそこには存在しない。またそこにいつまでもとどまるべきではない。停まれば腐るだけである。

 もっとずっと先を見るべきである。日本の進路は、国民社会をどのように設計するかということである。しかし、国民社会の設計は、世界社会の設計の後に出て来ざるをえない。急がば回れ、である。200カ国の国民社会の設計を足し算して世界社会を作るのではない。逆である。世界社会の設計のあとで国民社会を設計しなくてはならない。

 言い換えれば、日本という国民社会の単位で物事を考える頭を一旦捨てなくてはならない。すなわち「たった一つの地球人の思想史」という視座に立つというのは、そういうことである。この視座に立てば、日本人のアイデンティティがどうあるべきかとか、背骨が折れているということはなんら問題にならない。折れていて結構である。地球人としての自己形成から見れば、日本人の身体や精神が多少傾くとか、無知蒙昧であるとか、日和見的だなどということは大したことではない。とりわけ戦後80年間アメリカのポチであったことなど世界中が知っている。それをずっと見られてきたのだから、今更恥も外聞もあるまい。

 この視座からはもっと客観的にものが見えてくる。それまで、背骨が折れた身体だと見えてきたものは、別の意味を持つ。なぜなら、言語が4つの層(漢字、平がな、カタカナ、外国原語)から成り立つ、この文化の中で毎日生きているということは、「たった一つの地球人の思想史」から評すれば、中国と西洋、東と西の両方に理解力を持つことを意味するからだ。むしろ体をひん曲げてでも、世界を理解しようとする上でまことに優れた資質を本来的にわれわれが持って生まれ、生きていると見るべきであろう。これは、類まれなる融通さである。こんな国が世界中にあるだろうか。

 中国を通じて東洋を知っており、近代世界システムに包摂されたために西洋をいち早く知った。しかも西洋化した時に恩のあるアジアと中国を殴った。なぜ殴ったかというと、西洋に殴られそうになったからだった。日本という自我(self)そのものが西と東の双方の善悪をよく知るように出来ており、日本だからこそ、その地の利を生かして、世界的普遍性へ近づくことができる。世界的普遍性の隣にいるのに、日米二項関係で自己の可能性を閉ざすことは、世界史に対する裏切りに等しい。われわれが目指している「たった一つの地球人の思想史」の立場が出現することは、むろん世界中で可能であるが、この日本にはある意味で、そのエネルギーが詰まっている。転向する限りこの課題は見えてこない。だが、改心(覚醒)を望むならば、このことは避けられないのである。


2025年9月8日 「たった一つの地球人の思想史」の構想1

 これまでの思想史は各国別のものだった。しかし、これからはもうそういうわけにはいかない。宇宙船地球号という言葉を誰が作ったか知らないが、これからは新ノアの箱舟に乗り合わせた人間同士、なかよく生きるしかないからだ。ヨーロッパ精神史、アメリカ精神史、日本精神史などなどにたてこもることそれじたいが、すでに反動的である。

 丸山眞男は『日本の思想』(岩波新書、1961)で、日本の思想は「無構造の構造」のごとく一見カオスであり、とりとめがないと論じ、「すべての思想的立場がそれとの関係で━否定をつうじてでも━自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった」(5頁)と知性が自らを蓄積しながら発展する力の貧しさを嘆いた。

 しかし、そこで終わらなかった。彼は、一種の通史を『丸山眞男講義①~⑥』でまとめた。この結果を一言で言うならば、座標軸の中心に古層または通奏低音を置いて、神道的な何ものかが「いやつぎつぎになりゆくいきほい」という鵺的な力として働き続け、それが他の思想の自立を押さえつけたとみた。しかし、含みとしてはこの鵺的なものにたいして抵抗する思想上の動き、鎌倉仏教、北畠親房、キリシタン、武士の精神、荻生徂徠、本居宣長、安藤昌益などが続々と登場する軌跡を執拗に取り上げた。

 丸山における日本思想通史と江戸思想史の関係が如何なるものであるかについては、なかなか難しい問題があるが、とくに『日本政治思想史研究』1952の方法は、今日的にもなお示唆的である。示唆的とは、対象を日本から世界へ変えてもなお有効というほどの意味である。

 私たちが対象を16世紀以降の近代世界に置くならば、座標軸の中心にあるのは西洋近代思想である。西洋には「自由・平等・友愛」という表の顔と「侵略・搾取・抑圧」という裏の顔がある。だから西洋が世界を制覇したばあい、非西洋の西洋に対する反応は必ずしも全面的屈服ではなかった。模倣一辺倒にみえる福沢諭吉のばあいでさえ、西洋に負けてたまるかという気概はある。ただしこれは、非常に歪んでしまって天皇制的資本主義の絶対化に行きついた。また漱石にもイギリス資本主義の世界支配への抵抗が一貫してみられるし、彼の言う個人主義は賃労働制の批判まで届いていた。安重根、魯迅、さらにガンディー、ホー・チ・ミン、フランツ・ファノンとN・マンデラ、E・ウィリアムズまで考慮するならば、西洋植民地主義に対する強靭な批判がアジア、アフリカ、中南米に登場したことはまったく正当であった。現代では、J・ガルトゥングやI・ウォーラーステインのような良心的な西洋人が非西洋の思想を絶賛し、それに学んで西洋近代を批判するようになっている。

 こういう人々の登場を考えると、戦後80年間親米一辺倒で生き延びた日本は、いつも「ルック・イースト」で、太平洋の向こう岸の大国を世界と見間違っているように思えてしまう。核兵器禁止条約2017を起草する作業に携わったのは、ICANというイギリスの平和団体であるが、マーシャル諸島、ムルロア環礁、仏領ポリネシア、および日本の被団協の人々である。大国は、世界を動かしているのではなく、反対に世界によって追い詰められていると言わねばならない。世界の人々は、まことにねばり強く「たった一つの地球人の思想史」をつくりはじめている。

 丸山が日本の思想は雑居にすぎず、「構造なき構造」しかないと見たのと同じく、現代世界の諸思想も、西と東、北と南の対立をはらんでいる。この意味においてまだ雑居であり混沌のままである。世界規模において本当の伝統はまだ形成されたとは言えない。日本の思想が雑居を雑種たらしめることを課題としており、いまなおその途上にあるのと同じように、地球人の思想史もまた、雑居から雑種へ自己を練り上げることではじめてなりたつような何物かなのである。

 加藤周一は丸山思想史が日本を解明した古典であると褒めたが、M・ウェーバーが世界を説明したのに比べると、対象が狭いと論じた(加藤周一「丸山眞男の論理と心理」)。この評価はさすがに加藤だけのことはあって、考えさせるものである。しかし、そんなことを言いだせば、彼の丸山評は彼自身に還ってくる。『日本文学史序説』も日本だけを解明した古典であって、世界をまだ解明したわけではない。

 ポスト丸山ということは、ポスト加藤ということでもある。真剣に生産的に考えようとするならば、丸山の日本思想通史の方法を「たった一つの地球人の思想史」へ拡張してつかみ、西洋思想と非西洋思想のあいだの模倣、屈服、抵抗の諸相から、けっきょくは西洋思想を根本的に自己批判せしめ、新しい普遍主義が現れるという方向を模索することが肝心ではあるまいか。そのときにはじめてマルクスが近代西洋を批判したことの意味と価値がわかるのであって、ソ連や中国などは、少なくとも思想史の上では、大した意味をもたないとひそかに私は思う。自分が一人のeveryoneであるということは、誰でもよい誰かになって、他人(ひと)の他者性を掴むものとなることを意味する。ちっぽけな自己主張や個性などにはいっさい目をくれずに黒子に徹しなくてはわからぬことが多い。一切の固有名的なものと対決し、わが魯鈍に鞭打って田をつくらねばならぬ。


2025年8月23日

 従来の思想史は、人物や各国史的なものでした。けれども1948年の『世界人権宣言』以降、人類はどこに暮らしていようが、老若男女誰でもがeveryoneである。広大無辺の大宇宙のなかで、ほんの一瞬この地球に生まれあわせた同時代人であり、可能的なともだちです。今は厳然と国境があって、いがみあっていたりもするけれど、思想史も医者同様「国境なき思想史家」によって書かれてよい。

 誰が何を言ったか、その国がどう歩んだか、ではない。そういう旧来の思想史の常識を端的に超えたもの、それを従来までの思想史の蓄積、方法の再検討をつうじて、一種の世界構造的な思想史に組み替えて、実験的に構築していきます。

 





 
 
 

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