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問い返される日本史像
治安維持法から日本国憲法を考える 丸山眞男の思想史的達成とは何か
西洋が武家社会を完成させ、存続させ、そしてついには破壊した

竹内真澄
8月3日読了時間: 16分


社会科学の方法
2026年8月1日 中国の天子と日本の天皇 中国の天子は天命に従属している。天命が上にあり、天子はその下にある。ゆえに、天命に貢献できなければ、易姓、すなわち天子の交代が合理化される。尚書、孟子に典拠がある。これにたいして、日本の天皇はそれの発するところのものが天命である。ゆえに、天命は天皇の存在を前提にして、その下に位置するということになる。こうなれば、天皇を裁くいかなる超越的な論理次元も存在しない。だからこそ孟子は、日本で危険視された。危険視した人は、山崎闇斎、新井白石、本居宣長など。後の水戸学は日本では易姓革命が起こることはない。また起こってはならないと論じた。反易姓革命論は、どこへ行きつくのか?まさにここが問題である。行きつくところは血統である。こうした深遠なものにたいして社会科学はどの程度有効であろうか。やはり、マルクス以上に辛辣な思考はない。こうだ。「ひとりの人の他のすべての人から究極の固定した区別点は何なのか。体der Leibである。体の最高の機能は性行為である。それゆえ国王の最高の憲法的行為は彼の性行為Geschlechtst

竹内真澄
8月1日読了時間: 21分


ショート・ショートのおもひで
2026年7月31日 「接ぎのある下着」と「町一番の金持ち」 5年生のとき、同じクラスのFがふと言った。「おまえ、接ぎのある下着着てるやろ」。この観察はずぼしだった。母が繕ったシャツをぼくは上着の下に隠していたのである。むろん「そんなもん着るか」と反論したが、Fの観察に、ある意味では舌を巻いた。Fは頭がよく体格もよかった。日ごろから一目置いていたが友だちというわけではなかった。衝撃があったので、今も憶えている。6年生になるとFは僕とは別クラスに分かれたので、彼のことをあまり考えなくてよくなった。 担任のK先生はどこか山の方の小さい学校から転勤してきた。そして、じぶんのクラスを「かみなり学級」と名づけて得意だった。日曜日でも我々の草野球に参加してアンパイヤを買って出たりした。そのK先生が朝のホームルームで「この町で一番の金持ちはF整形外科だそうですね」と言った。どうして彼が朝からそんなことを言ったか文脈がよくわからない。どこかで町の情報を聞き、それをただそのまま披露したのだろう。万事そういう調子の「奴」だった。 F整形外科は町で一番人気のある

竹内真澄
7月31日読了時間: 7分


自分史的な出来事(日記風の個人史)
自分のしっぽを食べる蛇
アジアにおける未完の連帯
朝日没原稿 細谷昂先生へのインタビュー
長く生きるのは捨てたもんじゃない
小椋佳のこと
肚が座らぬ日本
西洋マルクス主義への批判
クロポトキンはレーニンに会った
思想の促成栽培
思想は原則的に、行動は節度をもって
過労死をどう考えるのか
ジョレスとデュルケムの死の意味
『東京物語』の紀子の台詞
漱石の自筆原稿の「嗽」のこと
分裂病と近代
UNLEARNって知っていますか
福沢諭吉の近代主義を考える

竹内真澄
7月26日読了時間: 41分


たった一つの地球人の思想史
アンベードカルの起こした論争
公正な世界秩序のための10原則第一原則西洋と日本の衝突の帰結としての戦後民主主義
利潤率の低下と軍事化---ひとつの試論利潤率の低下と軍事費の増大
日本に生まれたからこそ書ける世界史がある

竹内真澄
7月11日読了時間: 92分


竹内真澄 全仕事
1980年から着手した仕事の全項目を整理し、折にふれて更新します。 <資 料> 竹内真澄 業績リスト ──1980年~2025年9月── 単著 1.『福祉国家と社会権 デンマークの経験から』晃洋書房,2004年 2.『物語としての社会科学 世界的横断と歴史的縦断』桜井書房,2011 年 3.『諭吉の愉快と漱石の憂鬱』花伝社,2013年 4.『社会学の起源 創始者の対話』本の泉社,2015年 5.『近代社会と個人─<私人>を超えて』御茶の水書房,2022年 6.『坊っちゃんの世界史像』本の泉社,2024年 7.『思想から見た西と東 西洋思想史のアジア論的転回』本の泉社, 2024年 8.『思想から見た社会学の歩み 20世紀社会学小史』(仮題)2026年出 版予定 編著 1.『水田洋 社会思想史と社会科学のあいだ 近代個人主義を未来へ貫 く』晃洋書房,2015年 2.『石田雄に聞く 日本の社会科学と言葉』本の泉社,2015年 3.『京都自由大学のひとびと』京都社会文化センター出版局,2012年 4.『京都自由大学って、なあに』汎工房、2025年 共著

竹内真澄
2025年12月16日読了時間: 20分


月刊『一望荒野』 ほぼ毎月25日発行
<刊行の言葉> 社会と自分の交差点は、私たちが生きるうえで、一切の外界と遭遇する唯一の領域です。交差点というのは、いわばシーソーの支点のようなもので、そこで社会と自分はちょうど釣り合う。社会だけが変わって自分が変わらないということはありえないし、また自分だけが変わって社会が変わらないこともありえない。わたしたちはつねに一緒に変わってしまうのです。そうであるから、むしろ、何が変わっているのか、よくわからないのです。ちょうどそれはあのシーンに似ている。すなわち平行に別々の電車が走っており、向こうは社会という電車でこっちは自分という電車です。向こうが速ければ、こちらは止まっているか、後戻りしているように見える。しかし、アクセルとブレーキの塩梅でしかない。二つの電車の関係をよりよく知るためには、こちらからあちらを見たり、あちらからこちらを見たりするだけではなく、電車から降りてみなくてはならない。それで不足ならば、中空に自分を置いてみなくてはならない。新しい月刊誌は、唯一の領域を視座の転換をつうじて捉え、実験と抽象の成果を提供することを目指しています。別

竹内真澄
2025年9月25日読了時間: 149分


書評 書いたり書いていただいたり
本を読むことはとても楽しい。ぼくの単純な頭に、もう一人の頭がプラスされますから。 そしたら、いつ、なんどき、どこにいても、同行二人でおしゃべりしながらやっていける感じになります。 2023年3月10日 全国唯研Newsletterに掲載された『近代社会と個人 <私人>を超えて』書評 竹内真澄著『近代社会と個人−<私人>を超えて−』 (御茶の水書房、2022 年、6800円+税) 目次だけを見るとホッブズ、ロックと馴染み深い思想家の名前の並ぶ近代社会思想史の教科書のような印象を受けるが、内容は私的所有の主体としての「個別者(der Einzelne)=私人」と私的所有という枠を超えた真の意味での共同性の主体としての「個体(das Individuum)」との区別という骨太の理論的図式の下で、新たな社会と個人の関係のあるべき姿を探ろうとする極めて野心的な意図を秘めた著作である。 近代的主体が前近代的な共同体的制約から解放された「個人」としての性格とブルジョア的な所有関係に絡め取られた「私人」としての性格の両面性を持つことはしばしば指摘されて

竹内真澄
2025年8月23日読了時間: 3分
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