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交遊録

更新日:8月26日

2025年7月20日締め切りで書いてもらった、最後の竹内ゼミ生(22生)の見た担当者像です。


          竹内真澄とはどういう人物か

                               社会学部社会学科

22s1099番 直松 晴斗

1.社会学者としての立場と視点

 竹内真澄は、現在、桃山学院大学で教鞭をとっている社会学の研究者であり、教育者でもある。『桃山学院大学 社会学論集』第58巻2号に掲載された論文などを通じて、社会の中で生きる人びとに対する深いまなざしと、鋭い問題意識を持っている人物であることがうかがえる。彼の教育スタイルや人柄を知ることで、社会学を学ぶとはどういうことなのか、また、大学で学ぶ意義とは何かを考えさせられる。


2.嘘が嫌いな教師の問いかけ

 まず、竹内真澄は「嘘がきらい」な人物である。これは単に正直であるというだけでなく、物事の本質を見抜こうとする姿勢が強いということでもある。社会学では、社会にあふれる「当たり前」や「常識」に疑問を持ち、それらを分析する力が求められる。竹内は、そうした姿勢を自ら実践しており、学生にもその大切さを伝えようとしている。ゼミの議論では、学生が表面的な意見や流行的な言葉を使うと、すぐに「それはどういう意味か」「なぜそう思うのか」と問い直してくる。つまり、竹内は学生に対して「自分の言葉で考える」ことを求めているのである。


3.発表への誠実なフィードバック

 さらに、竹内の授業では、学生の発表に対しても誠実なフィードバックがなされる。竹内は、ただ課題を出すだけではなく、その成果である発表に対して「良いものは良い」「良くなかったところは良くない」とはっきりと伝えてくれる。それは厳しさというよりも、学生一人ひとりをしっかり見ているからこその率直な言葉であり、「何が評価され、何が改善点なのか」を明確にしてくれる。学生にとっては、いい加減に流されるよりも、よほど信頼がおける姿勢である。結果として、学生たちは自分の発表や意見に対して、より真剣に向き合おうとする。


4.討論を中心としたゼミのスタイル

 竹内の教育スタイルの大きな特徴として、「討論がすき」という点があげられる。彼のゼミでは、毎回のように討論が行われる。単に知識を教えるのではなく、学生自身が考え、話し、聞くことによって学びを深めていく場を重視している。ある時は社会問題を取り上げ、ある時は映画やドキュメンタリーを題材にして、多角的に考える練習をする。竹内は、あくまでファシリテーターとして議論を見守り、必要に応じて問いを投げかけることで、学生の思考を促す。こうした学びの形は、知識を暗記するのではなく、自分の中に根付かせることを目指しているように感じる。

5.LINEでの問いかけと日常での学び

 さらに特徴的なのは、授業外のコミュニケーションにも力を入れている点である。たとえばゼミのLINEグループでは、竹内が1週間に2〜3回ほど問いかけを投げている。竹内はそのやりとりに対しても丁寧に返信し、学生が自分の考えを持つことや、他者の考えに触れることの大切さを伝えている。このような取り組みからも、彼が「教育は教室の中だけで完結しないもの」と考えていることが伝わってくる。

 

6.社会を構成する「人」へのまなざし

 竹内の考え方の根底には、「社会とは人と人との関係でできている」という視点がある。彼は、社会の制度や構造について語るときにも、必ずそこに生きている人びとの感情や葛藤に目を向けている。たとえば、労働問題を取り上げる際にも、単に統計や法律の話をするのではなく、働く人がどう感じているのか、どんな困難を抱えているのかといった視点を大切にしている。そのため、彼の授業や文章には、人間へのあたたかい視線が感じられる。

実際に『坊っちゃんの世界史像』という書評記事(新聞掲載)では、竹内が夏目漱石の小説『坊っちゃん』を通じて、社会の構造や近代国家のあり方を読み解こうとしている様子がうかがえる。坊っちゃんというキャラクターの「正義感」や「まっすぐさ」に注目しながら、その裏にある制度や権力との関係に切り込んでいく。このような読み取り方は、文学作品に対しても社会学的な視点を持ち込むことができるという好例であり、竹内の柔軟で幅広い知的関心を示している。


7.問いと共に学ぶ教師の姿

 竹内真澄という人物は、一言でいえば「人に問いを投げかけ、考えさせ、共に学ぼうとする教師」である。彼のゼミでは、知識よりも対話、正解よりも問いを大切にしている。そうした空間で学ぶことで、学生たちは単に社会を知るだけでなく、自分の頭で考える力を育てていくのである。嘘がきらいで、まっすぐで、しかし柔軟な視点も持っている竹内の姿は、これからの社会を生きていくうえでの一つのモデルとなりうるだろう。

 

竹内真澄論

22s1270 岡本把久


 まず、個人的には竹内先生の発言の中に個人的に今でも意識をして生活をし、日常生活にも取り入れているようなものがあるので、それを元に先生はどのような人間であるのか、おということを考察していきたいと思います。まず、このゼミが始まってLINEでのグループが始まった時ごろに先生がLINEでおっしゃっていたことなのですが、以下引用しますが、「みんなへ。賢い奴は馬鹿のふり、馬鹿な奴は賢いふり、真面目な奴は嘘つき、嘘つきはくそ真面目を装って生きてご覧。それで皆やぼくの印象を操作してごらん。人間の幅が広がるから。ありのまま生きているからダメなんだ。嘘はっぴゃくで、世の中を手玉にとってみろ。褒めてやるよ。」という文です。

 この文は個人的にすごく衝撃を受け、今現在でも心の中に残っているものですが、この一文こそが先生の人格というか、先生はこのような人間であるということを大いに表していると考えます。ではどのような部分がそうなのかというと、ありのままで生きているからだめだ、という文になります。これはありのままで生きることがいいことだというような風潮がありますが、それでは人間としての幅が広がらないということは自分でも考えることができますが、ありのままで生きるのではない、ありのままで生きるのがよしとされている世界でこのような考えを持ち、人とは違うような考えを持つ、そして人を手玉に取り、自分自身を真逆に見せると言った平たく言えば常識破れな考えに一見思えますが、これが竹内先生の中にある、常識にとらわれない、当たり前を疑ってかかる、自分の価値観が本当にそれでいいのかどうかを常に疑い、追求して変化していく、すごく柔軟性のある性格なのではないかと考えました。

 しかし、そのような性格でありながら、個人的な考えとしては、柔軟な考えを持ち、今を疑ってかかる学者のような人は、少しよくわからないとっつきにくいようなイメージがあったのですが、先生は全くそのようなことはなく、学生とも積極的にコミュニケーションをとってくださいますし、以前のような食事会といったイベントごとも企画してくださるので、そのような部分においてもすごく柔軟な性格をされているのだなと思いました。

 以前自分は上の世代の人たちは自分の考えを曲げたがらない堅い人が多いといったイメージだったのですが先生のおかげで一つそのイメージを打ち崩すことができました。そしてそのようなイメージ、先生の性格が表されているような文が最近にもみることができたのですが、以下引用しますが、「やりたかったのに十分ではなく悔いの残るのは旅、合宿、デート、情操教育、料理。さんざん読書、議論、飲み会はやった。」というような文です。学生時代にやりのこしたこと、後悔していることは何かという質問が飛んできたときに先生が答えた文になりますが、一見普通の文のように感じますが、これは先生の真面目でありながらも柔軟な、そしてそれでありながらイベントごとや人と関わるのが好きであるという一面が見て取れると思います。

 まず後悔していることを挙げますが、旅、合宿、デートを例にあげますが、これは元来大学生における楽しいことといえば何か?といったし質問に対して上位に上がるであろう事柄ですが、これに関しては満足にできていない学生がほとんどであると感じており、自分もそのうちの1人であり、先生もそのうちの1人だったのだなと感じました。そしてその後の情操教育というのがすごく目に留まりました。おそらく先生は学生時代から教授になるほどの勉強をたくさんしてきて、さんざんやったとおっしゃっていた読書をたくさんし、たくさんの知識を蓄えてきたと考えます。しかしその中で勉強ばかりしていたせいか、豊かな心を育む、感性だったり社会性を、あまり学んできていないなとご自身で感じておられるのではないかと思いました。

 これに関してはたった2年ほどしか過ごした時間はありませんが先生は十分に豊かな心を持ち、僕らと接してくださっていると思います。学者ということで、探究心だったり好奇心だったりが強いと思われるので、それがご自身ではできていないと考えていても自然と身についているものなのではないかと思います。そしてそれに加えて生徒に対して情操教育を行うということは簡単なことではありませんし、それは自分でこういった環境に触れて育むものだと思っているので、これからそういうものを感じていきたいと思っています。

 そして飲み会を散々やったというのも遊ぶことも好きだと、堅いわけではない、色々な遊びも好きであるという柔軟な性格を表している一文だと思いました。以上が自分の竹内先生についての考察になります。


竹内真澄論

                          22s1145 山本葉月

 

 まず私は竹内先生のゼミに入る前に竹内先生とすれ違ったことがあるのだがその時の表情では竹内先生がどのような人か読み取ることはできなかった。

 だが、ゼミに入って1年半ほど経った今竹内先生がどのような人なのか自分なりに理解できた気がする。

 最初はすごく堅苦しくてあまり笑わない先生だと言う印象が強かった。だが、最近になってゼミが仲良くなるためにLINEで定期的に発言や反応をしてほしいと呼びかけてくださったり、授業の後のちょいカフェを企画してくださったり私たちゼミ生のためを思ってやってくださることが多いなと感じる。

 特に私が印象に残っていることは2つあり、1つ目はゼミ終わりに先生が手を振ってくれたこと、2つ目はエコロジストの聞き取りについて行った時のことである。

 1つ目の授業終わりに先生が手を振ってくれたとは、いつもあまり笑わない印象であったが、ゼミ終わりに先生が笑顔の後に背中をバッグに手を振ってくれたことである。初めて満面の笑みで笑ってくれた先生を見て「あ、この先生とても柔らかい雰囲気なんだな」とそこで感じた。

 2つ目のエコロジストに聞き取りに行った時には、娘さんの話をしてくださりその娘さんがあいみょんを聴いているから先生もあいみょんを聴いていると言っていて、そこで先生の普段とのギャップを感じて先生のことをもっと深く知りたくなった。

 

 LINEで先生に「先生は兄弟はいますか」という質問をした。その質問に先生は、「兄が1人います。田舎の実家を継ぎました。父は遺産相続の時、もし学者として身を立てていくなら権力に弾圧されて職を失っても食べていけるように田を半分くれました。」と答えた。竹内先生が良い先生であるから先生の父もいい人であろうとは思っていたが、子供のために自分の田を半分あげると言う覚悟のある子供想いのたくましい父であるなと感じた。

 先生は、よくLINEで長文の言葉をくださり、その長文に私は毎回反応しているわけではないが読んでいていつも感心することばかりであり、その中でも竹内先生のLINEの文章で私が好きな文章に着目したいと思う。

 まず、「愛を欲しがってはならない。愛を惜しみなく注ぐのだ。すると、愛はどういうわけか帰ってくるに至る。欲しがっている人はすぐに見破られてしまう。」とあった。

 この先生の考え方にすごく納得ができる。人は愛を欲しがって、愛を貰えなかった時にそこで相手に対して必要以上に愛を要求してしまう。先生は惜しみなく注ぐと言う普通大抵の人があまりできないこと、そして気づかないことをこの言葉で気づかせてくれた。

 次に「今日は革命記念日なのだ。だから、いつもと違うのだ。応能負担の対概念が何か、調べてこい。学生なら知ってて当たり前さ。」とあった。これは本当に竹内先生の凄さがわかる文章になっていると思う。応能負担というものを知らない人はこの文章を見てすぐさま調べる。このわからない単語を調べるという行為に導いて学生に学ばせる機会を作ってくださっているように思えた。

 最後に「気合の入った態度と行動が田を作るんです。隣人を愛せない奴に遠人を愛せるはずはない。ゼミを愛さぬ奴がイランとイスラエルの戦争を呪う気持ちを持つなんてありうるのかね。大きい人間になるかどうか、日々問われているんだ。気合だ、気合だ、気合だ。」とあった。

 この文章で私が好きなところは全部好きだが、「気合の入った態度と行動が田を作るんです。」という部分と「気合だ、気合だ、気合だ。」という部分です。先生はゼミに入った当初からゼミとは田を作る場所であるということを何度も言ってくださっていた。隣人を愛せない奴に遠人を愛せるはずがない、ゼミを愛さぬ奴がイランとイスラエルの戦争を呪う気持ちを持つなんてなど先生として語ってくれている中で最後に「気合だ、気合だ、気合だ。」という少しボケを入れているところが先生の良さだと私は思う。

  先生としてゼミ生にLINEやM portなどでたくさんの言葉や文章を語りかけてくださる先生だが、その中でも授業で時間ができたら1人1人のおすすめの曲を教えてとゼミ生のことを知ろうとしてくださっている行動で優しく親しみを持てる先生であるなと思った。


竹内真澄論 22s1281   関谷    大吾

 竹内真澄先生は、私が所属するゼミの担当教員である。日頃の授業や、やり取りを通じて、先生の人柄や教育姿勢、そして学問に対する考え方に触れ、多くのことを感じている。特に印象的なのは、先生の知識の幅広さと、その知識を授業内外で自然に共有するスタンスである。日常の会話の中でも、読んでいる本の内容や最近の社会問題などに言及されることがあり、そこから生徒たちの関心が広がっていくことがある。

 先生は読書家であり、学生が取り上げたテーマに関連する本を即座に紹介できるほど、豊富な知識を有している。その博識ぶりからか、授業中に「〜のように」と例を挙げる場面も多いが、その「〜」に当たる部分が専門的すぎて、学生側が理解しきれないこともしばしばある。しかし、そうした場面に出会うことで、自ら調べたり学び直したりするきっかけにもなっていると感じる。一方で、先生はあまり授業の流れを主導しない。議論が深まるかどうかは学生次第であり、学生が話し出すまでじっと沈黙を保っていることもある。最初は戸惑うが、回を重ねるうちに、話すことへの責任や意識が自然と高まっていく。そのように学生に委ねるスタイルの一方で、授業の終盤では、先生が議論を整理し、各意見を丁寧に結びつけながら全体の流れを明確にしてくれる。初めはわかりにくく感じた議論も、最後には意味を持って繋がるという構造になっていることが多い。

先生の知識の深さと同時に、人柄の一端が垣間見えるのは、雑談やエピソードトークの中

である。あるゼミの時間、学生がアパレルショップでのアルバイト体験を話したとき、賃金も発生していないのに真剣に服について語っていたスタッフの話題が出た。それを聞いた先生は「馬鹿馬鹿しいね」と率直な言葉で応じた。その表現は少し強く聞こえるかもしれないが、先生の中では「搾取」や「労働の価値」に対する明確な線引きがあるのだろうと感じた。こうした場面から、先生の倫理観や社会への視点の鋭さが垣間見えることが多い。

 また、授業の中でたまに話題に上がることから、先生は昔の音楽が好きであるらしい。授業 中の雑談やちょっとした例示の中に、昔の歌や詩への言及が含まれることがあり、それらを通じて、先生の感受性や記憶に残る文化が垣間見えることもある。政治的な問題だけでなく、文化や感性に根ざした話題にも通じているところに、先生の人間的な幅の広さを感じる。

 学問への真摯な姿勢は、授業の設計にも表れている。定年退職後にも関わらず、一回限りの講義としてガザやイスラエル問題を扱う授業を行った。政治的・宗教的に複雑なテーマでありながら、資料を準備し、どういう背景でこの問題が現在起こっているのか、解決するにはどうするべきか自分の考えを聞かせてもらえた。しかも、その授業には他の教員も聴講に来ていたことから、教員間においても一目置かれる存在であることが窺える。

 さらに最近では、LINE などを通じて学生との距離を縮めようとしている場面もある。ゼミのグループLINE では、先生が自身の日常の写真を送ってくれたり、時事ニュースを共有したりすることがある。決して多くを語るわけではないが、「気にかけている」「関心を持っている」といったメッセージがそこには含まれている。そうした姿勢からは、学生との関係づくりにも時間と労力をかけていることが伝わってくる。

 以上のように、竹内真澄先生は、知識や経験に裏打ちされた深みのある教育を実践するだけでなく、人間としての温かみやユーモアも兼ね備えた存在である。その教育スタイルは一見冷たく、突き放しているように見えることもあるかもしれない。しかし、その根底には「学生に考えさせる」「自らの頭で判断させる」といった強い教育哲学がある。そして、それを支えるのは、学生を信じ、長い目で見守ろうとする眼差しである。私は、こうした竹内先生の授業や人柄に触れることで、学問への向き合い方のみならず、人との関わり方についても多くのことを学んでいる。知識とは一方的に教えられるものではなく、関わりや対話の中で徐々に形を成していくものだということを、先生の姿勢から教わっているように思う。竹内真澄は、教える者としての厳しさと、人としての優しさの両方を併せ持つ、教育者である。

 

竹内真澄論        茶谷悠斗


 竹内真澄先生は、桃山学院大学てま社会学を教えてきた先生だ。とくに「社会学史」の授業では、マルクスとかデュルケムとかハーバーマスみたいな理論を、ただ並べて説明するんじゃなくて、資本主義がどう発展してきたかっていう大きな流れの中で話してくれるらしい。産業資本主義、国家介入的資本主義、そして多国籍企業的資本主義へそういう枠組みを踏まえて理論を聞くと、単なる暗記じゃなくて、世界が動いていく感じが見えてくるんだろうなと思った。

 先生は最近、歴史教科書の「言葉の削除」について強い危機感を示している。論文「体験的・高校教科書論」の中では、「従軍慰安婦」とか「強制連行」といった言葉が教科書から消されている現状を取り上げて、「言葉が消えるっていうのは、ただの言い換えじゃなくて、現実そのものを消してしまうことになる」と書いている。最初それを読んだとき、正直「たった数個の単語がなくなるくらいでそんなに変わる?」って思った自分がいた。でも読み進めると、その考えがいかに甘いかが分かった。先生は筒井康隆の『残像に口紅を』を例に出して、「言葉が一つ消えると、それにまつわる記憶や物まで世界から抜け落ちていく」と説明していて、その例えがすごく頭に残った。

 先生は韓国で東学農民戦争の現場を歩いた体験も書いていて、それを読んでいても、ただの本の知識じゃなくて「現場に立つこと」で世界の見え方が変わるっていう実感が伝わってきた。日清戦争って日本と清の戦争だとしか思っていなかったけど、実際は朝鮮半島の農民たちの動きが絡んでいて、そこをちゃんと見て初めて日本帝国主義を立体的に考えられるようになった、と先生は言っている。

 また先生は高校までの歴史教育の問題にも触れていて、「資本主義」とか「帝国主義」とか「日本帝国主義」といった基本用語がちゃんと教えられてないから、大学に来ていきなりそういう言葉を出すと学生はみんな初耳みたいな顔をする、と嘆いている。だから授業が「難しい」と言われてしまうけど、それは大学のせいじゃなくて高校の教科書の段階で必要な言葉を削ってしまったせいなんだ、という指摘にハッとさせられた。

 先生の子どものころの話も面白い。小学校では勉強はあんまりできなかったけど、お笑いやスポーツでは目立つタイプだったらしい。でも中学に入ると塾に通って先生に気に入られる子とそうじゃない子の差がどんどん見えてきて、悔しくてホームルームで「先生はえこひいきしてる。おれらはつまらない」って言ったことがあるっていう。そのとき先生が驚いた顔をしたのを、竹内先生はいまだに覚えてるらしい。「その他大勢」にされるのが嫌で、理不尽なことを黙って見過ごすのはやめようと思ったと。その体験が今の先生をつくっているんだなと思った。

 大学に入ってからは、受験のしがらみから解放されて「学問って面白い」と気づいたらしい。社会学を通して物事を構造的に見る考え方に出会い、「これを一生やっていきたい」と思ったと。お父さんから「節は曲げるな」と言われて田んぼを託された話もあって、国家に潰されても食えるようにしてやる、という言葉に覚悟を感じた、と先生は語っている。

 ここまで読んで、自分のことも考えた。大学に入って、旅行はとてもした。先生は旅行、合宿、デートに悔いを残している。私は旅行ばかりで経験はしているが、本当にそれが自分のためになっているのかわからない。もっと旅行だけじゃなく他に体験があったら、自分の言葉ももっと豊かになっていたんじゃないかと思うと、やっぱり少しは心残りだ。竹内先生が「言葉が消えると考える力そのものがなくなる」と言うのを読んだとき、私にとっては「やらなかった体験が、自分の言葉や視点を狭くしている」という意味にも感じられた。

 学問は、ただ受験のための手段じゃなく、世界を知り、自分を守るための道具だと先生は教えてくれている。私もこれから、竹内先生みたいに「その他大勢」に埋もれず、自分の言葉で社会を見ていきたい。まだやれてない読書や議論だって、これから少しずつ取り戻していけばいい。学ぶことは自由になることその信念を忘れずに生きていきたいと思う。


竹内真澄論

22s1147 吉井 杏


 竹内真澄教授は、第一印象こそ「何を考えているか分からない人」であったが、実際に接していく中で、強い思想と行動力を持ち合わせた非常にユニークな人物であることが分かってきた。議論を好み、自身の考えを言語化しながら他者とぶつけ合うことで、思考を深めようとする姿勢が強く感じられる。その姿は、ある意味で大学教授らしくもあり、同時に「普通の大人」とは少し違う不思議な魅力を放っている。

 例えば、大学生の頃に「女の子と飲みたい」という単純な欲求から、電車を待っている見知らぬ人に声をかけて1時間も話し込んだというエピソードには、思い立ったらすぐ行動するという彼の性格がよく表れている。また、ゼミの講義を突然サイゼリアで開催したり、毎朝のようにグループLINEで長文を送ってきたりと、型にはまらない自由な行動が多い。それが唐突に思えることもあるが、本人の中には常に明確な意図があるようにも感じる。

 教授のそうした行動の裏には、どこか「構って欲しい」「何かを伝えたい」という思いがあるのではないかとも感じる。例えば、LINEでの長文メッセージも、ただの思いつきというよりは、学生たちの反応を見たいとか、何かをきっかけにコミュニケーションを生み出したいという欲求があるように思える。また、ゼミの雰囲気としては、学生同士がそこまで仲良くなっているようには見えない中で、教授が「無理にでも集めよう」としているような空気もあり、そこに「寂しさ」や「人との繋がりを求める気持ち」があるのではないかと思うこともある。

 ただ、それがネガティブな意味ではなく、「他者との関わりを大事にしている」ということの表れであるとも言える。竹内教授はおそらく、30年近くゼミを続けてきた中で、学生たちとどれだけ深く関わり、どんな議論を交わせるかに情熱を持ってきたのだろう。毎年違う学生と出会い、何かを伝え、変化を促すという営みを、何十年も続けてきたその姿勢には、ある種のロマンや誠実さを感じる。

 その一方で、学生たちにとっては「距離感が近すぎる」と感じたり、「どう接したらいいか分からない」と戸惑うこともあるかもしれない。だが、そうした違和感も含めて、竹内教授は「ただの先生」ではなく、「一人の人間」として学生の前に立っている。自分の考えを表現し、人と関わりながら新しい価値を生み出そうとするその姿は、どこか不器用で、しかし同時にとても情熱的である。

 教授が何を期待しているのかははっきりとは分からないが、一つ言えるのは、彼自身が学生に対して本気で関わろうとしているということだ。学生の反応や変化を見ながら、自分のメッセージが届いているか、学生がどう受け取るかを常に観察しているように思える。だからこそ、教授の行動に戸惑いながらも、それをどう受け止め、どう関わっていくかは、こちら側に委ねられているのかもしれない。

 総じて言えば、竹内真澄教授は非常に個性的で、思想的かつ情熱的な人物である。そしてその一見掴みどころのない性格の奥には、「人と本気で関わりたい」という強い願いがあるように思う。だからこそ、その真意を理解しようとすることが、ゼミという場をより意味あるものにしていく第一歩になるのではないだろうか。


竹内真澄論                    湯本真子


 竹内真澄先生は、桃山学院大学の社会学部で教えている先生で、社会学の歴史や社会についての考え方を専門にしている。高知県出身で、立命館大学を卒業し、その後も社会について深く学び続けてきた。そんな竹内先生は、ただ知識を教えるだけでなく、人と人とのつながりや、今の社会の問題に本気で向き合っている。先生の文章には、ゼミの学生についての深い思いが書かてていた。個別で話すと明るくて面白い学生たちが、ゼミという集団になると急に元気がなくなり、周りに無関心になってしまうという。笑顔も消え、やる気も見えず、言いたいことも言えず、責任をとろうともしない。そういう状態を、先生は「五無主義)」と呼んでいる。

 なぜそんな状態になってしまうのか。竹内先生は、それは生まれつきではなく、これまでに経験してきた社会の中で、知らず知らずのうちに自分を守るためにそうなってしまったのだと考えている。たとえば犬が他の犬と遊べないのは、過去に怖い思いをしたからであり、それと同じように人間も、心を閉ざすような体験があると、自分を隠すようになってしまうのだ。

 そういう学生たちをどうにかしたい、解放したいという思いで、先生はゼミにふたつのルールを作った。ひとつ目は、ゼミに毎回出席すること。病気などの理由がなければ休めない。これは、仲良くなるにはまず会うことが大事だからだ。ふたつ目は、「竹内真澄論」というレポートを書くこと。自分や他人を観察して、それを文章にまとめるという課題だ。社会を学ぶには、ただ本を読むだけでなく、自分の目で人を見て、自分の言葉で考えることが大切だという先生の考えがこめられている。

 先生がよく話す言葉に、「米がほしけりゃ、田をつくるべし。ゼミは田だ」というものがある。気の利いた事を言っていい格好をする前に、みんなが喋りやすいインフラを作ることが大事だと言う。田が良くないと米はできない。花は咲かない。なのにみんなは田を作らずに花を咲かそうとしているのではないか。そうやって「田」を作ることができたら、職場や家庭、友人関係といった他の場面でも、人と支え合える関係が作れるようになる。それが本当の意味での「人間の優しさ」だと先生は言う。

 先生自身のこれまでの人生も、こうした考えにつながっている。小学校の頃は、明るくておもしろい人気者だったが、中学に入ると、塾に通う優等生ばかりが先生に好かれるようになり、それに対して不満を感じていた。ホームルームで「先生はえこひいきしている」と発言し、多くの生徒の気持ちを代弁した経験がある。それがきっかけで、世の中を変えるには、多くの人の立場に立って声をあげることが大切だと思うようになったという。大学では受験勉強から解放され、「本当の学問」を知った。学問は、ただ頭をよくするためのものではなく、すべての人間を自由にするためのものだと感じ、学者になることを決意した。

 先生が学生に求めているのは、ただ「やさしい人だね」と表面的に見るのではなく、その人の行動の裏にある考えや状況まで深く見つめる力だ。たとえば、一生懸命働いている人がいたとしても、それはお金のためかもしれないし、上司に好かれたいからかもしれないし、他にやることがないだけかもしれない。人を観察するというのは、そこまで考えることなのだと先生は教えている。

 竹内真澄先生の社会学は、人間の心や社会の動きに目を向け、自分自身を解放し、他人とも本当の意味で関わっていくための学問だといえる。疎外された状態に気づかずに過ごしている学生たちを、少しでも自由に、活き活きとした人間に戻したいという強い思いが、先生の言葉のひとつひとつにこめられている。知識だけでなく、生き方そのものを問いかけるような教育をしている竹内先生の存在は、これからの社会学にとってとても大切だと感じた。

私自身は、先生と深く話したことはあまりないけれど、森孝之さんというエコロジストの聞き取りに一緒に行ったとき、「とても面白い先生だな」と思ったのを覚えている。先生が「あいみょんは娘の影響でよく聴くんや」と話していたことや、京都の桂に住んでいるという身近な話がとても印象に残っている。そうしたやりとりを通して、先生は“学問だけの人”ではなく、あたたかさとユーモアを持った人間らしい先生だと感じた。もっと話せたら、もっと面白い発見ができたのかもしれない。これから先生の話をもっと聞いてみたいと思う。


竹内真澄論

                                             22s1102 中川恒汰

 竹内真澄とは 、どういう人物なのだろうか。約一年半のゼミでの対話や、LINEでのちょっとしたやり取りを通して私が感じたのは、彼がとても多面的で、奥行きのある人だということだ。普段は優しくて、ユーモアもあるけれど、その内面には怒りや強い批判精神があり、学生にも社会にも真剣に向き合っている。そして、その根っこにあるのが「誠実さ」と「愛を信じる気持ち」だと思う。

 彼のそういう姿勢は、きっと幼い頃から育まれてきたのだろう。父親は教員で、政府や文部省に対して組合活動を通して闘っていたらしい。竹内先生は父の酒癖の悪さにはきちんと批判の目を向け、「修身斉家治国平天下」という儒教の考え方まで引き合いに出していた。小さい頃から、言葉と行動が一致していないことに対して違和感を持っていたのだろう。

実際、先生は「不誠実な人、嘘をつく人、口先だけで何もしない人が苦手」とはっきり言っていたし、「ブラック企業」や「スペックが高い」という言葉にも疑問を投げかけていた。「祝福してるようで、おもしろくなさげな目」とか「笑ってるようで、目が舌打ちしてる」なんて表現からは、人間の裏表を見抜く冷静さがうかがえる。

 でも、ただ厳しいだけじゃない。先生の考え方には、どこか詩的で優しい部分もある。趣味についての質問をされていたときに「映画、音楽、旅行、昼寝、飲み会」と答えていたのだけれど、「笑える。それで何がわかるか。そこで終わるならこのお見合いは破談だな」と冗談っぽくも本気で言っていた。何をするかよりも、それを通して何を感じるかを大事にしているのだと思う。

 そして、それぞれの趣味に対しての説明も印象的だった。「映画は世界と歴史を監督の目で見られるから」「音楽は喜怒哀楽を解放するから」「旅行は初めての世界を歩けるから」「昼寝はいつでもできるから」「飲み会は誰でも友達になれるから」。一見ただの雑談のようでいて、実は深く人間や社会に根ざした視点がある。日常に哲学を感じ取っているところが、先生らしい。

 学問に対する熱もすごい。「政治家は嘘をつく、学問は嘘をつかない」「学問はすべての人間を解放するためにある」など、いつも真剣に語ってくれる。ゼミを「田んぼ」にたとえて、「米が欲しければ田をつくれ」と言ったのも印象に残っている。「自分だけが発言するんじゃなくて、みんなが話しやすい環境を作ることが大事」とも言っていて、それって本当の意味での教育だと思う。

 「ゼミを愛さない人が、イランとイスラエルの戦争を本気で悲しめるのか」と言ったときは、ちょっとドキッとした。でも確かに、目の前の人間関係すら大切にできなければ、遠くの出来事に本気で共感なんてできないのかもしれない。中島みゆきの「愛より急ぐことが他にあるだろうか」という歌詞を引用する先生の姿には、やっぱり「愛」が根底にあると感じる。

 ゼミの目的についても、「ガラスの檻に気づき、それを壊すこと」や、「哀れな人間を獄外に解き放つ勉強が“現代社会と意識”」と語っていたように、ただ知識を得るだけじゃなくて、気づいて、変わることが大事だという考えがある。

 私が最近のゼミで特に忘れられないのは、ゼミの中でみんなのおすすめの音楽を紹介し合ったときのこと。竹内先生はすべての曲に興味を持って耳を傾け、それぞれの選曲の理由や背景をちゃんと受け取ろうとしていた様に見えた。一方で、学生の多くは他人の音楽には無関心な様子で、その対比がとても印象的だった。誰に対しても誠実で、どんな瞬間にも愛をもって接する。その姿勢は、まさに先生の人間性そのものだと感じた。

 竹内真澄という人は、ただの「先生」じゃない。質問を投げかけ、違和感をことばにし、私たちに影響を与えてくれる。思想と行動がぶれずに並んでいるからこそ、彼の言葉には説得力があるし、ゼミの時間もまた、勉強以上の意味を持つ「人生の訓練場」に自分たち次第でなるのだと思う。

 
 
 

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